孤独な王様-10
第3節
身体が震えていた。
武者震いじゃない。
怖くて、震えたのだ。
どうして?
その言葉だけが、嫌というほど頭の中で巡り続けた。
身体に力が、入らない……。
立ち上がることも出来ない……。
「スゴイでしょ?ボクも初めて見たときは、びっくりしたよ。だって、あのサカイ先輩だよ!あの学校中のアイドルだった人だよ!それが、こんなビデオに出てるなんて、まったく、人って変わるよねぇ。」
あいつの声が、遠くに聞こえた。
身体中の血が沸騰していく。
目の前が真っ赤になっていく。
頭の中で、何かが叫んでいる。
「あの女の子、間違いなくサカイ先輩の子供だよね!すっごく顔が似てるもの。やっぱりあれかな。お金に困って売ったりしたのかな?でも、サカイ先輩に似て可愛いから萌えるよね!」
うるさい……。
身体中の震えが止まらない。
「これ、すごく高かったんだ。まだ出たばっかり。でも、おかげで画質が良かったから、すぐにサカイ先輩だってわかったよ。」
うるさい……うるさい……うるさい……。
「タカってさぁ……」
もう、しゃべるな……。
「サカイ先輩のこと好きだったでしょ?だから、タカにも見せてあげようと思って……」
好きだと言われて、あの日のことが、不意にフラッシュバックした。
『2年間、頑張ったご褒美。』
あざやかに脳裏に蘇る懐かしい笑顔。
オレの心の中に、2年間ずっと棲みつづけて、オレにたとえようのないほど甘酸っぱい想い出だけを残してくれた、大切な人の笑み。
「高かったけど、タカならただでコピーしてあげるよ。」
得意げだったアイツの顔。
プレーヤーから出したディスクを、アイツが目の前にかざした。
「なんで……なんで、こんなもん見せやがった!!!!」
アイツには、きっとわけがわからなかっただろう。
アイツが悪いわけじゃない。
そんなこと、わかってる。
でも……身体は、わかってくれなかった。……。
気がついたら、血まみれのアイツが横たわっていた。
血まみれの手で、自分の顔を覆った。
どうしていいのか、わからない……。
身体中から力が抜ける…………。
膝が抜けたように落ちる……
壁にもたれて、座り込んだ……。
隣の人形が、弾みで、寄り掛かってくる。
冷たい眼がオレを見つめた。
(あなたも……同じ穴のムジナよ…………。)
オレの耳元で、彼女は確かに、そう囁いた……。
骨は、折れていない。
オレって、さすがだ。
あれだけ自分を見失っても、ちゃんと手加減してやがる。
アイツの介抱をしていた。
「うっ……」
アイツが、気づいた。
まぶしそうに目を開けていく。
目の前にオレがいるのを認めて、慌てて後ずさっていった。
悪い……。
謝る…………。
悪いのは、オレだ…………。
口には出さなかった。
「腫れるから、ちゃんと冷やしておけよ」
冷蔵庫にあったアイスノン。
アイツに向かって、放り投げた。
ポカンとした顔で、アイツは受け取った。
もう帰るわ……。
夜も遅い……。
おかげで、明日は仕事が辛そうだ……。
って、もう今日じゃねえか。
おかしくって、無為に笑った。
「タカ!」
玄関に向かっていこうとして、アイツが呼び止めた。
「ごめん……タカ。」
なんで、お前が謝る。
「タカに喜んでもらいたかったんだ!タカなら、きっと喜んでくれると思ったんだ!」
好きだった人のあんなビデオを見せられてか?
お前、株よりも少し人間を勉強した方がいいぞ。
もっとも、金で自分の妹を自由にするヤツだからな。
今さら言ったところで、わからないのかもしれない……。
「タカ……」
「ん?」
アイツが、すごく不安そうな目を向けていた。
「また……遊びに来てくれる?……。」
「ああ……。」
おかしくって仕方なかった。
お前、ホントに友達、いねぇんだな……。
アパートに戻ったときには、東の空が白くなり始めていた。
シホとコトリは、今頃ぐっすりと夢の中だろう。
アパートの前に立って、ふたりの部屋を眺めていた。
オレが求めれば、シホも同じようなことをするのだろうか?
狂ったように娘を犯していたキョウコの瞳。
シホが、海辺で見せた瞳に似ている。
(あなたのためなら……どんな事でもするわ……)
狂ったキョウコは、簡単に娘を生け贄に捧げていた。
絡み合っていたふたりの裸体。
壮絶で、凄まじいほど官能的だった。
でも、オレは反応しなかった。
虚ろで生気のなかった、あの親子の瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
オレがしようとしてることって、同じことか?
確かにそうなのかも知れない。
でもな、詭弁に聞こえるかも知れないけれど、オレは、誰よりもお前たちを愛しているよ。
アイツらとは違う。
あんな、酷いことはしない。
するかも知らんけど……。
3人で一緒にエッチしながら、ずっと笑って暮らしたいよ……。
そんなの、オレのわがままだってことは百も承知してる。
でも、仕方がないんだ。
だってオレ……。
一人っ子だも〜ん♪
この時はまだ、オレの身体に変化が起きてるなんて、気づいてもいなかった……。