ふたりの過去-9
いったい、どういうことよ?
正直、腹が立っていた。
シゲさんにじゃない。
シホにだ。
いったい何者なんだ?
海辺で見せた、シホの狂態、蒼白な顔、そして、「そっくり」と囁いた声……。
おまけにシゲさんとの関係は不明のまま。
とんでもないことを、いきなり言われたから、確認するのも忘れてたよ。
正直アイツは、おかし過ぎる。
1階へと降りていた。
市民課の窓口に向かって、猛然と歩いた。
オレは、シホのことを何も知らない。
人のことを調べるには、まず過去にさかのぼる必要がある。
幸いオレには、でかい武器がある。
県が造ってくれた、スーパー電子頭脳『電子住民基本台帳システム』
オレは、コイツを自由に扱える立場にいる。
もっとも、途中に媒介物が必要だけど……。
いつ来たところで、雑然としている広いホール。
受付を待つ市民の方々。
「住民票」と書かれた看板の下に、目的の顔を見つけて、近づいた。
「おい……ちょっと頼みたいことがあるんだが……。」
高校時代の一年下の後輩。
バリバリの硬派だった頃のオレを知ってるヤツ。
はっきり言ってオレのロデム。
「な、なんですか?」
怒りに顔を赤く染めたオレを見るなり、ヤツが顔を青ざめさせる。
昔じゃねえんだから、いきなり殴ったりしねえよ……。
「あのな、今からオレが言うヤツの戸籍謄本を出してくれ。」
「えっ!?戸籍ですか?。」
「そうだよ……2回も言わせんな……。」
「え、しかし……。」
個人情報保護法が出来てからというもの、職員であろうとも、勝手な個人情報の閲覧は出来なくなった。
昔のように簿冊で管理してた時代なら、こっそり盗み見するくらいは、雑作もないことだったろうが、今や住基ネットまで現れ、すべてが電子記憶媒体の中に集中管理されている世の中では、小さなことでも思うようにままならない。
「お前、万能パスワード、持ってるよな……。」
閲覧した情報は、すべてが記録されてしまう。
いつ、誰が、どの情報を、どこの端末から引き出したのかは、調べれば一発でバレる。
だが、世の中の仕組みには、必ず抜け道ってのがある。
それが、コイツの持ってる万能パスワード。
実は、住基電算機の保守点検用に使用するパスワードでしかないんだが、これが点検の時は、何度も端末をダウンさせたり、テストコードを打ち込んだりしなきゃならないって理由で、とても、お手軽な機能を備えている。
点検の度に、いちいち記録に残してたら、返って保守が面倒になる。
それで、このパスワードでログインした端末だけは、記録が残らない仕組みになってるわけ。
考えてみたら当たり前のことだが、意外と気付かない落とし穴。
それを、オレに教えてくれたのは、誰でもないシゲさんだ。
へへっ、存分にやらせてもらいまっさ。
もっとも、やるのはオレじゃないけどね……。
「さっさとやれ……。」
ちょっと脇腹ど突いてやったら、青い顔して、すぐにキーボードを叩き始めた。
「あ、あれ?」
「どうした?」
「いや、その……。」
ログインは、呆気なく成功するも、その後が、なぜかうまく続かない。
検索画面にシホの名前を入力して、Enterキーを押すと、画面は変わるが、画面にすぐに赤い文字で「Err_NPP」のエラーコードが表示される。
『NPP』つまり『No Pertinent Person』。
『該当者なし』のエラーコードだ。
コトリで、やってみても症状は一緒。
端末がぶっ壊れたかと思って、試しにオレの名前を入力してみると、ちゃんと画面には、オレの謄本(戸籍全部事項証明書)が現れる。
いったい、どういうことだ?……。
結局、ふたりの情報は、戸籍どころか、何ひとつ引き出すことが出来ないままに終わった……。