ふたりの過去-7
たくさん並んだ机の一番奥に、課長がいる。
しかし、シゲさんの机は、ここにはない。
右手の壁にもう一枚、立派なドアがあった。
「失礼しまーす。」
ノックして入ると、シゲさんは電話の真っ最中。
受話器を片手で押さえながら、「座れ」と口を動かす。
相変わらず、すごいソファだこと……。
革張りの豪華な応接セット。
シゲさんが、半分ケツを乗せてる机は、間違いなくオーク材で造られた高級品。
課長のは普通のスチール机でしたっけ?。
確か、アッチの方が、役職は上でしたよね?……。
どんな人事のカラクリがあるのかわからないが、ここまでくると、ある意味役所ってところは魔窟……。
「コーヒーを二つ持ってきてくれ。」
電話が終わると、今度は備え付けのインターフォンとおしゃべり。
ネクタイの結び目を緩めながら、ドサリと、向かいのソファに腰を沈めるなり、思わせぶりな目をオレに向けてきた。
じっとオレを睨みながら、タバコに手を伸ばして、ライターで火を点ける。
大きく吸い込んでから、大量の煙を吐き出した。
なにも言うわけでもなく、ずっとオレを睨みっぱなし。
えー、何なんでしょうか……?
まったく、意味がわかりません。
もしかして、コトリのケツ撫でてたの、見てました?
反省してます……。
トントンと、ドアがノックがされて、キレイなお姉さんがコーヒーを運んでくる。
立ち居振る舞いが、見事に洗練されていた。
「ありがとう♪」
あら、お姉さんには、愛想良く振る舞うんですね。
お前はお前で、なぜ頬を赤らめる……。
お姉さんが出て行くと、またずっしりと重い空気に。
愛想笑いがすぐに消えて、シゲさんは、再びオレを睨んできた。
「シゲさん、いったい何?」
先にプレッシャーに負けたのはオレ。
呼ばれた理由がわからない。
うすうす予感は、あるけれど……。
「タカ……お前、あの親子とは、どんな関係だ?」
職場の中で唯一オレを『タカ』と呼ぶ上司。
親子と聞いて、「やっぱり」の2文字が脳裏に浮かぶ。
「どんな関係って……別に……。」
シゲさんの意図はわからない。だが、やはりシホに関することで呼ばれたらしい。
わずかに、胸に芽生えた猜疑心。
シホを見つめていた優しそうな眼差し。
その視線に堪えられないかのように、ずっと恥ずかしそうに俯いていたシホの姿。
目の前に座っているのは、バレンタインのチョコレート記録ホルダー。
「コトリ……娘さんの方は、オレが手伝ってる道場の門弟ですが……。」
「母親の方は?」
挑むような切り口だった。
「お母さんの方は……。」
なんて言っていいのか、思い浮かばない。
しょうがねえな、と言った顔をしながら、シゲさんがコーヒーに口をつけていく。
「あのな……。」
不意に、顔が柔和になる。
「お前に、ちょっと頼みたいことがあるんだ。」
また、タバコを吸い込んだ。
「お前、あの親子と同じアパートに住んでるよな。」
あら、すっかりお見通し。
「ええ……まあ……。」
シゲさんが、タバコの煙を大きく吐き出す。
「タカ…………。」
「はい……。」
煙が目にしみたらしく、シゲさんが、目を細めた。