ふたりの過去-6
件のシゲさんから、呼び出しを受けたのは、休暇が明けてすぐのことだった。
シゲさんは、総務部の秘書課に属している。
秘書課は、市長と副市長のふたりのスケジュール管理や調整などを行う重要な部署だ。
うちにあっては、出世の花形コースといってもいい。
そこでシゲさんは、課員の管理を行っている。
言わば、秘書課全体を統括するポジションだ。
だが、秘書課には立派な課長がいる。
シゲさんは、ポスト的には、その下になる。
しかし、課長はただの役人に過ぎないが、シゲさんはそうじゃない。
ゆくゆくは、市政に打って出るお方。
今は、現市長の懐刀として、課員から集めた情報を整理し、集約させ、政策の障害や問題を排除するためのブレインとして市長にアドバイスしてる。
だから、ほんとは、オレがタメ口きけるような人じゃない。
シゲさんは、マジでエリート中のエリートなのだ。
秘書課のドアを開けると、たくさんの机が並んでいた。
とてもキレイなお姉ちゃんたちが、いっぱいいる。
『秘書課は、顔で選んでる。』
美人が多いことを妬んで、一般事務の奴らは、秘書課の採用基準をそう言って揶揄する。
もちろん根拠のないデマだが、それはあながち、間違ってもない。
「高官に会う仕事だぞ。そんなの当たり前だろ。市長がブサイク連れて歩いてどうする?」
シゲさん、あっさり。
飲み屋で赤い顔をしながら教えてくれた。
シゲさんと初めて出会ったのは、今から4年前。
やはり大社蔡での奉納試合だった。
4年前の奉納試合。
剣道大会の二日目。
「成年高段位の部」決勝の場に、シゲさんは悠然と立っていた。
オレは、たまたま会場にいて、その試合を見ていた。
決勝の相手は、全国に名前を売りつつあった地元警察若手のホープ。
だいたい、剣道の試合は、警察官の独壇場になる。
競技者の参加環境がそうなっているのだから仕方がない。
その中にあって唯一、シゲさんは、警察の所轄名が入っていない競技者だった。
誰もシゲさんの名前には覚えがなかった。
当たり前だ。
シゲさんは、その年にオレたちの街にやってきたのだから。
試合は、シゲさんの圧勝。
まったく見事なもんだった。
相手が、横に胴を払いに行ったところを、上段からの面一閃。
まさしく、一刀両断でばっさり。
その太刀筋のあまりの見事さに、帰ってきたシゲさんに、思わず声をかけていた。
そこで、初めて同じ職場に勤めていることを知ったのだ。
それからだ、何かとシゲさんがオレに話しかけてくれるようになったのは……。
ある日のこと、残業で、11時近くまで、ひとりで仕事をしていて遅くなった晩。
シゲさんが、階段を下りてきた。
ちょうど帰るところだった。
シゲさんは、オレに気付くなり、ツカツカツカ……。
オレがまとめていた書類を、いきなり奪って目を通すと、そのままゴミ箱にポイッ。
「お前の仕事は、こんな事じゃない。」
すげぇ、気合いの入った目だった。
「お前の仕事は、これから、俺と飲みに行くことだ。」
そう言って、ニヤリと笑ったシゲさんの顔は、今でも覚えている。
格好良すぎて、オレも笑ったね。
どうしてシゲさんがオレを可愛がってくれるのかは、わからない。
オレが今、総務課にいて、比較的早く帰れるのも、実はシゲさんのおかげだ。
激務の水道管理部から、ほとんど残業のない総務部総務課へ。
道場の手伝いに行ってるオレに、シゲさんが配慮してくれたのだ。
こんな人事、普通じゃあり得ない……。
それを朝飯前にやってしまうほど、シゲさんには権力がある。