ふたりの過去-2
「よっ!」
「シゲさ〜ん♪」
職場の上司で、とても頼りがいのある先輩、シゲさん。
直接の上司ではないが、何かとオレを可愛がってくれて、気軽に相談事にも乗ってくれる頼もしい兄貴。
オレが、この世で最も尊敬するのは、もちろん長年空手で世話になってきた館長だが、それに匹敵するくらい、次に尊敬する人物が、今、目の前にいるこの人。
ちなみに親父は、5番目くらい。
上級試験に合格したバリバリのキャリアで、輝かしい経歴も持っている方だが、妙なエリート意識がなくて、気さくで優しい人柄は、オレだけでなく誰からも愛されている。
職場の「上司にしたい人NO1」を、4年連続で獲得し、もはや1位の座は不動のものに。
年齢は、46才と年を食っちゃいるが、長身痩躯にして知的な銀縁眼鏡は、今の流行で言うならば、さしずめ壮年の「ヨン様」と言ったところ。
彼がまだ1階に机を置いていた頃、韓流ブームに熱を上げたオバ様たちが大挙して押し寄せ、業務が一時停止したという、伝説をつくった。
いまだにその余波は残っていて、バレンタインには、チョコレートを手にした女子高生やオバ様たちが窓口をふさぐため、市民課の間では、「魔のバレンタイン」と呼ばれる怪現象まで引き起こした眉目秀麗の好男子である。
柔和で温厚そうな顔つきは、一見すれば優男だが、実は、剣道は6段錬士と、今となっては幻の称号を持つ凄腕の剣士でもあった。
「こんなところで、どうしたんですか?」
黒を基調にしたストライプのスリーピース。
相変わらず格好いいッスね♪
「明日からの、大会の調整に来たのさ。まったく忙しいのに、こんな事までやらされてたまらんよ。」
今日で空手の大会は終わり、明日からは剣道の大会が始まる。
シゲさんは、剣道連盟の理事のひとりだ。
おそらく一番若い理事だから、こき使われているのだろう。
「もう、帰るのか?」
「ええ、この子を送って行くところです……。」
シゲさんが、コトリに目を向ける。
背中で、コトリは、すややかな寝息を立てていた。
「決勝戦、すごかったな。」
「見てたんですか?」
「ああ、ちょっとだけ、だけどな……。」
そう言って笑うと、シゲさんの口元から白い歯がこぼれた。
浅黒い肌に、キレイに並んだ真っ白な歯。
人を不快にさせない、爽やかな笑顔。
女たちが、きゃあきゃあ、言うのがわかる気がする。
「残念だったね……。でもコトリちゃん、すごく頑張ったよ。ほんと立派になった……。」
感慨深げな声。
シゲさんの目は、オレに向いていなかった。
優しい眼差しでシホを見つめていた。
ん?
知り合いか?
シホは、シゲさんに見つめられて、照れたように俯いている。
「あれ?知ってるんですか?」
不思議に思って、ふたりを見比べた。
「ん……まあ、ちょっとな……。」
なんだ?歯切れが悪いぞ。
シゲさんは、ちょっと照れたような苦笑い。
シホは、両手を前で重ねたまま、ずっと俯いてる。
なに?
なになに?
ふたりの関係がイマイチ飲み込めない。
ぼけっと突っ立ってたら、シホがオレのシャツを掴んで、引っ張ってくる。
振り返ると、なんか知らないけどモジモジ。
ん?帰りたいの?
「え……と、今日は、この子を送って行かなきゃならないんで、これで帰ります。また後で……。」
シゲさんを残して、その場を立ち去ろうとした。
「ああ!待って!これ、忘れるところだった……。」
シゲさんが、上着の内ポケットから何かを取り出した。
「はい。」
シゲさんが、シホの腕を掴んで、手のひらに握らせたのは、きれいに畳まれたハンカチ。
「さっき、忘れていったでしょ?」
ん?さっき?
そう言えば、あんた一時消えてたよね。
もしかして、その時に会ってたの?
「じゃあ……俺も、まだ用事が残ってるから行くわ。」
そう言って、シゲさんは、降りてきた階段を、また颯爽と駆け上がっていく。
若いねぇ……。
格好いい後ろ姿をぼけっと眺めてたら、シホは、オレ達を残して、さっさと出口へ向かっていってしまった。
ん?
何なんだ、いったい……?