思い出の夜-3
実らなかったけど、いい思い出……。
オレも、あの頃は純だった。
それが今じゃ、親子丼を目論むほどに……。
人って、成長する。
悪どくなっただけかも知らんけど……。
「その人は、今どうしてるの?」
気になります?
実は、オレも知らない。
卒業してから2度ほど会う機会はあったが、二十歳を過ぎてからは、まったく会ってない。
噂じゃ、違う街に移ったとか。
2度目に会ったとき、すでに彼女のお腹は大きかった……。
きっと、誰かと幸せに過ごしてるんでしょ。
明るい家庭が目に浮かぶ。
彼女に、不幸は似合わない……。
「いいなぁすてきな想い出があって……。」
シホが、夜空を見上げながら、小さくつぶやいた。
別にすてきじゃないけどね……。
失恋したわけだから……。
「シホさんの、高校時代って、どんなだったの?…………。」
シホさんの昔って、そういや知らない。
きっと、こんなに可愛い人ならば、たくさんの想い出があるのに違いない。
どんな部活に入っていたのか?
どんな友達がいたのか?
どんな彼氏と付きあっていたのか?
ひとりだったなんて、言わせんよ。
そんな戯言ぬかしたら、お仕置きするからね。
シホは、ずっと夜空を見上げていた。
つぶらな瞳が、星の下で輝いている。
「ねえ、タカ君…………。」
星空を見上げながら、シホが囁いた。
「なに?」
いったい、どんな答えが返ってくるのやら。
いつもと変わらぬ優しい声音だった。
幼さの抜けきらない、あどけない声。
シホに、振り向いた。
首を向けた瞬間…………
背筋が凍りついた。
ゾッとするほど冷たい眼が、オレに向けられていた。
暗闇の中に、眼の白い部分だけが異様に大きく浮かび上がっている。
たまらずに、息を呑んだ。
今までに、一度としてみたことのないシホの顔。
あどけなさなど、まったく消え失せて、そこには、知らない別の女の顔があった。
シホは、ゆっくりと迫るように身体を寄せてきた。
「絶対に、わたしを裏切らない?……」
手のひらをいっぱいに開いて、オレの胸に乗せてくる。
声までが変わっている……。
「何があっても、わたしを捨てたりしない!?」
語尾に力があった。
シホは、オレに覆い被さると、冷たい眼のままでオレを見下ろした。
「ああぁ……。」
ひどく深いため息を吐いて、愛しむように、オレの胸板を撫でていく。
「……そっくり…………。」
遠くを懐かしむような声。
何かを確かめるようにオレの胸を撫でつづけた。
まるでそこ以外、何も見えていないかのように……。
声さえも出せなかった。
シホは、手を這わせながら、何度もオレの胸にキスを繰り返す。
ゆっくりと身体を重ねてきた。
腕が伸びてきて、シホの指が、唇に触れる。
「裏切らないって、約束して……。捨てないって、誓って!……そうすれば、わたし…………。」
青白い顔が目の前に現れた。
だらりと落ちた長い髪が、頬を撫でつける。
冷たい眼が、刺すようにオレを見つめた。
「あなたのためなら、どんな事でもするわ………………。」
死者のような蒼白な顔が、ニヤリと笑った。
思わず目を閉じていた。
かつて一度として見たことのない壮絶な女の、笑み……。
ち、ちびった…………。