回天-7
「どうしたの!?こんな時間に!?」
チカの家から電話をして、母に迎えに来てもらったときのことだった。
「どうも、申し訳ありませんでした、こんな夜遅くまでお邪魔しちゃって。あの……お母さんか、お父さんはいらっしゃる?」
慌てて迎えにやってきた母は、玄関に応対に出てきたチカに何度も申し訳なさそうに謝っていた。
「あ、うち母はいないんです。父もまだ仕事中ですから、気にしないでください」
「あら……そうですか。こちらこそ、こんな夜分に申し訳ありませんでした。それにしても、あなたみたいなしっかりした子がミナの友達にいたなんて知らなくて、ごめんなさいね。今度はうちにも遊びに来てください。それでは、いずれ改めてお礼にうかがうとして、今夜はこれで失礼いたします。夜分に恐れ入ります」
迎えにきた母は、いつもの母だった。
いつもの服装をして、いつもの赤い車で迎えにやってきた。
「まったく、どうしちゃったの?」
チカの家を後にしてからも、母は特別怒っている風でもなければ、取り立てて心配しているようでもなかった。
「タケルだって心配してるわよ」
ミナは答えなかった。
頭の中で、ずっとチカとタケルの顔を交互に思い出していた。
「本当におかしな子ね。元気がないと思ったら、今度はプチ家出?」
同性だからか、ミナの複雑な心理に気を使っていたのかもしれない。
塞ぎこむように黙り続けるミナをからかったりはしたけれど、母は、こんな遅い時間に呼び出したことについて責めたりもしなければ、無理に追及するようなこともしなかった。
「なんかあったの?」
でも、理由だけは知っておきたいようだった。
ミナは、いろいろなことがありすぎて返事に困った。
まさか、タケルに悪戯されていて、それをさっきの同級生に相談したら、いやらしい遊びに夢中になって、おまけにその父親の変態的なセックスまで見せつけられたとはいえない。
返事に窮していると、
「どうして、家にいなかったの?なにか怖い事でもあった?」
と、水を向けるように向こうから訊いてきた。
「へ、ヘンな男の人がいて‥‥‥‥」
咄嗟にミナの口をついて出た。
「変な男の人?」
途端に母の顔つきが変わった。
「それって、どんなひとだったの?若かった?うちに入ろうとしてたの?ねえミナ、何かされなかった?あんた、大丈夫だったの!?何にもされなかったんでしょうね!?」
矢継ぎ早に訊かれて、最後は悲鳴のようになっていた。
「だ、大丈夫……」
ミナのほうが驚いた。
「そ、そう……だ、だったら、いいんだけど……」
母の顔色は明らかに変わっていた。
そこからだ。
母の様子がおかしくなったのは。
母は、終始何かを考えるように眉間にしわを寄せて、じっとフロントガラスをにらんでいた。
「ねえ、ミナ」
「うん?」
「も、もしもよ……もし、何か危ないことがあったら、すぐにタケルにいうのよ。お父さんは仕事で遅いし、お母さんも仕事が……」
そこで、母は一度話しを切った。
「ミナ、お母さんも、これからはなるべく家にいるようにするけど、もし、なにか変なことがあったら、すぐにタケルにいいなさい。あの子なら頼りになるから……でも、そ、そうね、やっぱり危ないわね………やっぱりママのそばにいなさい。あの子まで危険な目に遭わせられないわ……」
最後のほうは、独り事のようにつぶやいていた。
母は終始落ち着かないように、そわそわとハンドルを握っていた。
自宅にようやく帰ったときには、玄関に入る前に深呼吸していたほどだ。
玄関を開けて、タケルの顛を見たら、母はたちまち安心したように微笑んでいた。
母は、何かに脅えていたような気がする。
でも、ミナはタケルのほうが強くて、そんなこともすっかり忘れていた。