ミヤコの願い-8
「そのとおりです!我々はミヤコさんの喜ぶ顔を見たいんです」
サクマがキッパリと言いきり、スタッフが揃って頷いた。
「なら、話は簡単、サクマさんたちは、お母さんの願いが叶うまで続けて頑張って下さい。お母さんは引退なんて考えないで、サクマさんたちを今までどおりに傍で見守ってあげて」
「引退ってどういうことですか」
その言葉に引っ掛かったサクマが驚いた。
「うふふ、もうそれは解決よ。サクマさんたちは安心して研究を続けて下さい。ねっ、お母さん、それでいいでしょ」
ケイコがミヤコにウインクをすると、ミヤコは渋々と頷いた。
「ふう、よかったあ」
ホッと安堵の表情を浮かべているケイコを他所に、データの数値に目を落としていたハルマがぽつりとつぶやいた。
「これなら、反系β塑型を使えば、次元転移装置のスイッチを切っても、タイムホールが維持できるかもしれないな」
その言葉に研究者としてのマミが反応した。
「そうか!反世界でも存在可能な物質だったら、異次元トンネルを物理的に固定できるかも!」
通常、反世界にはこちら側の物質は存在できないとされている。ただし、反系物質は例外で、理論上どちらの世界にも存在が可能で、仮にそれを反世界に持ち込んだとしても、ビッグバンを起こさないとされていた。
ハルマはそんな物質なら時空の歪みを固定するのに適している可能性があると考えたのだ。
「そうです。ですがそれだけではありません。タイムホール発生時の数値を追いましたが、瞬間的ですが、結構揺らぎがあるみたいなんです。ユウキさん、見て下さい。ほら、この数値、Lの値が40000台から50000台に跳ね上がってます。ほら、こことここにも。時間にして100分の1秒だけど確実に20%は広がってるでしょ」
「ホントだ。だからβ塑型使うのね。揺らぎに合わせてその一瞬だけ塑性体に戻せば、その分、ホールが広げられるってわけね」
β塑型は、常態では粘土のような塑性を維持しているため加工は容易だった。それが微弱な電流を流すとその硬度が一変する性質を持っていて、核兵器でも破壊できないほどの頑丈な物質に変化する特殊な物体だった。
「そう、次元転移装置が過負荷にならないように、休み休みそれを繰り返せば」
「2、3日もあれば人体が通れる大きさに…」
マミとハルマはお互い見合ってニッコリと微笑んだ。
研究者同士の話は楽しい。マミはハルマを前にして、今までに味わったことのない種類の高揚を感じていた。
「ですがユウキさん、問題はβ塑型ってことです」
β塑型はかなりの貴重品で1cm3(1cm×1cm×1cmの立方体)で数億円とされていた。
「そう、問題なのよ!」
突然ケイコが2人の会話に割り込んだ。