ミヤコの願い-5
前回の実験で、タイムホールが形成されていたことは事実だ。予想より電力消費が多かったため、その形成時間は一瞬だったが、今回は核融合システムで対応しているため電力供給には問題はない。号令を待つスタッフの期待は大いに高まっていた。
「次元転移装置作動、タイムホールを形成させて下さい」
ワクワクした熱気が充満するスタッフルームに、ミヤコの凛とした声が響いた。
その声に女性スタッフはピクリと反応し、震える手でスタートボタンを押した。
「次元転移装置、スタート」
その瞬間、実験室の四隅に接地された転移装置が一斉に、ぱあっと眩い光りが輝いた。その光りが集約されながら、実験室の中央に向かって放たれた。
針先の細さに集約された四方からの光りは、中央の1点でぶつかり、ドンッ!と、雷が落ちたように爆発した。
スタッフたちは、その音にビクッと震えたが、自分の使命は疎かにはしなかった。
「L数値発生、40000から42000内で安定してます」
「電力供給、2.0ギガワットを維持を確認」
「測定器が、実験室の中央に空間の歪みを感知しています。歪み発生時からの時間、現在20秒、以下測定継続中!安定しています。25、26、27、28、29、30、目安の30秒経過、安定状態維持、実験は成功です!」
その声でスタッフルームは歓声に包まれた。
歓喜のマミも隣のハルマに抱きついた。この結果がミヤコの引退につながることを、実験成功の高揚感で、マミの頭からすっ飛んでいた。同じく、理系出身のハルマの頭からも。
ふうっ、と肩の力を抜いたミヤコに、チーフスタッフのサクマが手を差し出した。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
ミヤコはその手をしっかりと握った。
歓喜の沸く中、一人冷静なケイコが実験室の中央を見ていた。
「ねえ、そのタイムホールってどこにあるの?」
「えっ?」
ケイコのつぶやきに反応したマミも、実験室の中央に視線を向けた。それを潮に次々にそこに視線が集まっていった。
「ねえ、マミちゃんには見える?あたしには見えないけど本当にあるの?」
マミは目を凝らして見たが、ケイコのいったとおりにその存在は確認できなかった。
実験成功を叫んだスタッフが、慌てて測定器の数値に目を移した。
「いえ、測定器では今も観測しています。タイムホールは確実に存在してるはずです」
その言葉が終わらない内にミヤコが動いた。実験室に通じる扉の前に立つと、「ロック解除」と叫んだ。
ミヤコの声で発するこの言葉は【O−CLUB】の施設のどこでも有効なマスターキーだった。ミヤコの声紋を扉の音声センサーが確認し、内蔵カメラが捉えた網膜データから、声の主がミヤコ本人であることを認証した。
シュッと開かれた扉からミヤコは実験室に身を滑り込ませた。ミヤコの突飛な動きに呆気に取られ、直ぐに対応できる者は居なかった。
唯一、対応できたマミだったが、ミヤコの動きの方が早く、そのままミヤコを追いかけて中に入ってしまった。一瞬反応が遅れたハルマも、1拍置いてその後に続いた。
「お母さん、マミちゃん、ダメよ!あっ、ハルマさんもダメだったら!」
驚愕の表情をしたケイコが、核融合システムと、次元転移装置が起動する実験室の中の2人に声を掛けた。
「大丈夫です!実験室内に人体に影響を及ぼす数値は見当たりありません。放射線、電磁波とも基準値以下です。室内温度18度、問題ありません」
直ぐにスタッフの1人がケイコを安心させるデータを読み上げた。