ミヤコの願い-2
ヴーンと響く核融合システムの低い音が届き、マミはゴクリと息を飲んだ。
10秒ほどが経ち、モニターを見ていたスタッフが声をあげた。
「核融合システム安定しました。現在2.5ギガワットまで供給可能です」
その単位を聞いて、マミは前世紀で流行ったSFの古典映画を思い浮かべた。
(うふ、『1.21ジゴワット』だっけ)
古典映画の中で、白髪のマッドサイエンティストが、電力の大きさに頭を抱えて叫んだ言葉だ。
脚本家が【gigawatt】を【jigowatt】と書き間違えたため、日本公開ではそのまま【ジゴワット】と訳されていた。
タイムトラベルを題材にしたコミカルな内容は、父親のケンの大のお気に入りで、マミも子供の頃に何回も観せられたものだ。
「よし、0.2ギガワットで供給開始。開始後30秒毎に0.2単位で上げて、2.0ギガワットに達したら上昇停止して安定させろ」
「了解。電力供給開始。現在の供給電力0.2ギガワット」
「接続ケーブル安定してます。電磁波を含めて一切の漏電減少は見られません」
「30秒経過、現在の供給電力0.4ギガワット」
スタッフが交わす言葉に合わせて、ケーブルにつながれた4台の機器のアンテナ部分が発光し始めた。
研究者であるマミは、目の前の機器の変化に目を輝かせた。
「60秒経過、現在の供給電力0.6ギガワット。次元転移装置安定しています」
「数値の変化は?」
「前回と同様で、αの放物線を綺麗に描いてます」
目の前の機器の放つ光が徐々に強くなり、マミは好奇心で目を奪われたいた。その一方で古典映画のことを考えていたからか、スタッフが読み上げるデータの内容が頭の中でグルグルと駆け巡り、一つのことを想像してしまった。
「次元転移…まさかね…」
マミは自分の荒唐無稽な考えを笑おうとしたが、次のスタッフの言葉に、その笑顔が引きつった。
「目標値座標軸固定しました。目標西暦2001年8月1日1300」
マミの脳内で租借されたそれらの言葉が、1つの単語になった。
「うそおおっ!ミヤコおばあちゃん、これってもしかして…」
マミは目を見開いてミヤコに振り向いた。
「そうよ、タイムマシンなの」
ミヤコははにかんだように頷いた。
「マミちゃん、これがミヤコおばあちゃんの私欲の正体なのよ。笑っちゃうでしょ」
「私欲だって?これって私欲どころの騒ぎじゃないよ。人類最大の大発明じゃないの」
「うふふ、でもね、そもそもの発想が私欲なのよ」
「どういうこと?」
マミが可愛い目をしかめて聞いた。
「さっきしたでしょ。父親とセックスすると興奮するって話」
「あっ、ミヤコおばあちゃんだけ味わってないとか」
「そう。ミヤコおばあちゃんはね、昔から近親相姦が大好きだったのよ。初めてあたしが父親とセックスしたのは、お母さんがそれを見たがったからなのよ」
「そうだったんだ」
「で、ご存知の通り、あたしたちは血のつながった肉親同士でセックスしてるわよね」
「うん…」
マミは横で聞き耳を立てているハルマを気にしながら頷いた。
「でも、ミヤコおばあちゃんだけ、その興奮を味わってないのよ」
「あっ、ホントだ。ミヤコおばあちゃんだけ肉親のオチンチン容れてないわ」
卑猥なことなら何でも極めていると思っていたミヤコだったのに、こんな基本的なことをやってなかった。それに気付いたマミは、目から鱗だった。
「何十年もその思いを募らせていたのよ」
マミは自分がケンとセックスしないまま、何十年も我慢できるか想像してみた。
「あたしには無理だわ。我慢できないよ」
「だからこその、この計画なのよ」
「じゃあ、私欲って、タイムマシンを使って、ミヤコおばあちゃんが父親とセックスするってことなの?」
マミは呆れかけたが、長年身近で近親相姦を見続けたミヤコのことを思い、直ぐに考えを改めた。
「じゃあ、ミヤコおばあちゃん、絶対に成功させなくちゃね」
マミは照れ笑いを浮かべるミヤコを励ました。
「優しい子ね。マミちゃんがそんな子で嬉しいよ」
ミヤコは自分の浅はかな考えを笑わず、応援してくれるマミを抱き締めた。
「まだ2、3分は大丈夫ね。ケイコちゃんとマミちゃん、聞いてくれる。あっ、それとハルマさんも」
いつもとは違ってミヤコの目は真剣だった。ハルマを誘ったのもそのことに関連していた。
「なによ…」
勘の鋭いケイコは、あることを想像して少し身構えた。
「いいからちょっと来て」
ミヤコは他のスタッフに聞かれないように、奥の個室ブースに3人を誘うと、しばらく前から考えていたことを話始めた。
「あたしね。この実験が成功したら引退しようと思うの」
「えっ?」
マミとハルマは目を見開いて驚き、ケイコは苦し気に目を閉じて顔を俯けた。