〜 技術その5 〜-1
〜 2番の技術 ・ その5 ・ 乳牛 〜
先輩方が先だって教えてくれた『Cランク』と『Dランク』、そして『Eランク』の間に横たわる大きな違い。 私たち学園生が目指す『Aランク』『Bランク』とは全く違う世界です。
『Cランク』までは、辛うじて『人』がましく生きる可能性が残されています。 例え自分を貶めるだけの、卑屈で浅ましい日常であっても、すべての行為が『人』の延長上にあるんです。 肌に落書きをされたとしても洗えば落ちるし、鞭打たれたとしても癒せば治ります。 モノ扱いされても、またヒトになることが許される。
一方で『Dランク』です。 もはや『人』ではなく『モノ』として扱われるせいで、肌には消えないナンバリング――刺青だったり刺繍だったり――を施されることがあります。 耳に穴を穿ってピアスや鑑識札を下げられることもあれば、鼻隔に穴をあけて本物のカウベルをつけられることもあり、識別しやすいように様々な処置がなされます。 再生医療で肌や骨格の復元が可能になったとはいえ、一度『Dランク』に位置づけられてから『Cランク』に格上げすることは、まずありえません。ということは再生医療を受けられるわけがなく、施された刺青が消えることは決してない、ということになります。
『Dランク』として様々なパーツの役割を誠実にこなせば、家畜のように、より自由度が高いパーツになれるそうです。 もし不誠実に対応すれば、より自由度が低くなり、最終的には一ミリも動けないパーツになる。 前回話題に上った『育苗ポッド』なぞは、中間の自由度といえるんじゃないでしょうか。
それでは『Eランク』はというと、外部処置のみが適応される『Dランク』からもう1歩踏み込んで『目的に応じた生理機能の改変』が認められていました。 例えば、人工肛門の設置によって『壺』を腸内に挿入できるようにしたり、乳腺の活性化により大量の母乳の生産を可能にしたり、関節の破砕と腱の再構成により軟体動物並の柔軟性を確保したり、といった具合です。 どのような改変にしても大がかりな手術を要し、目的に適合するため他のものを犠牲にします。 ゆえに『Eランク』として何かに適合した場合、生涯をその何かに捧げることになるんでしょう。 言い換えれば『Eランク』とは、『Dランク』のように役割を変更することを許されないモノ、といえるでしょうか。
……。
「技術の生産で扱う家畜は、ほぼ確実に『乳牛(ちちうし)』になる。 学園の隣に『酪農営舎』があるんだけど、そこに出かけていって、酪農生産を実習するっていうのがパターンだ」
「『営舎』はすぐそこです。 西門から歩いて2、3分です」
「薄々気づいてると思うけど――」
ここで【B29番】先輩が一呼吸おきます。 しばらく私たちの様子を伺って、私たちがちゃんと分かっているのを見届けたうえで、話の続きをしてくれました。
「――牛っていっても、ホルスタイン牛の営舎じゃないよ。 1年生が実技を体験するのは、『乳牛にされたDランク生』の世話と搾乳になる」
「もしかしたら、幼年学校の同級生がいるかもしれないですねぇ。 ににの時は、クラスメイトの知り合いが2人いたそうです。 まあ、全然外見も体形も違うから、誰だかなんて分かんなかったですけど」
事もなげに言い放つ【B22番】先輩。
「お前たちが失敗したら、牛にもとばっちりがいっちゃうよ。 DランクからEランクっていうのもあり得るし、Dランクの中でも自由度が低い部品に回されることもある。 例えば『育苗ポット』みたいなヤツ。 だから、変に同情なんて絶対ダメ。 ミルクを沢山絞ることに集中するのが鉄則だから」
「簡単です。 『ちちうし』はヒトじゃないし、まして元クラスメイトなんかじゃなくて、本物の家畜だって、そう思い込めばいいんです」
「……ににの言う通り。 酷なようだけど、Dランクはヒトじゃないって割り切ること。 Dランクのコたちも、自分たちは牛なんだって、そんな風に納得してると思うよ。 それでなかったら強烈な自己暗示をかけるしかないよね。 どちらにしても家畜になりきらなくちゃいけない立場なんだから、いつまでもヒトの気持ちなんて持ち続けられない」
「要は『深く考えるな』っていうね、そういうことです」
【B29番】先輩の口調には深刻さがある一方、【B22番】先輩はあっけらかんとした調子を崩しません。 察するに、2人とも自分の体験を踏まえた本音で語ってくれてるんだと思いました。
「「……」」
私と22番さんは、黙って先輩の話に耳を傾けます。 どうやら『技術』の時間を大過なくこなすには、他の教科に比べ、他人に対する感情のコントロールの比重が高いとみました。
幼年学校で机を並べた同級生は、私を含めた数名が『学園』に入学した以外は、全員『Dランク』に位置づけられるそうです。 ということは、仲良くしていた友達が『Dランク・乳牛』という実習教材になって再会することもあるでしょう。 例えそうなったとしても、一切の感情を表に出さずに搾乳を行うことになります。 言葉では簡単でも、いざ当事者になった時に平然としていられるかというと――微妙ですね。 根っこでは友達なんてどうでもいいと思ってるんですけど、そうはいっても、いざとなると動揺しちゃいそうで怖いです。