フレンチ・キス-3
絵美はホッとしたことで、堰を切ったように自分の事を話し始めた。浩也のことを除いて。
「最初入院って聞いた時は憂鬱な気分になっちゃったけど、実際に入院し始めたら、同じ病室の人と仲良くなったり、看護師さんとも仲良くなって。いいリフレッシュかな〜なんて思うようになってきてるんですよ最近は」
「ああ、俺も。自分で言うのも何だけど、けっこう仕事好きなんで、入院する時は何だよ〜って思ったけど、志村さんと一緒でいいリフレッシュになってるんだよねぇ」
「あ!?なんか嫌です」
「え!?何が?俺変なこと言った?」
「そうじゃなくて、呼び方ですよ。志村さんだなんて他人行儀じゃないですか?」
「ああ、そうだね。でもその前に、ちゃんと言っていいかな」
「は、ハイ。どうぞ」
二人はシャンと背を伸ばして対峙した。
「俺と付き合って欲しい」
「ハイ。ふつつかものですがよろしくお願いします」
二人はお互いに見つめ合い「ムフフ」とニヤけた。
正式にカップル誕生である。
「で、なんて呼んだらいいかなぁ?」
「あのぉ、私、呼び捨てにされるのメッチャ好きなんです。だから、絵美って下の名前で呼んでもらえるとすごく嬉しいです」
「じゃあ、絵美でいいの?」
「ああ、すごくイイです」
ファーストネームで呼ばれた絵美は、身体全体が熱く火照ったように感じた。晴れて恋人を手にした実感なのかもしれない。と同時に、自分の恥ずかしい部分がジュンと熱くなったのにも気づいた。スケベのDNAが反応したのだ。
ぎこちないとはいえ定期的に男に抱かれた時の快楽を身体自身が憶えている。そして、半年以上愛されていない身体が性的に反応した。
自分のドスケベさに薄々感づいていた絵美は、慶一郎というパートナーが出来たことで、休んでいた性的欲求が再び燃え上がって来た。
絵美は自分自身をスケベな女だと自覚している部分もある。しかし、誰でも彼でもイイということだけは絶対に破らなかった。キチンと付き合った相手にしか身体を許してはいない。「愛」という感情があって初めて自分のスケベな部分を信頼できる相手にだけ開放する。
慶一郎に今すぐにでも抱かれたい。パジャマの下に隠れたチンポをしゃぶりたい。そして、思いっきりオマンコを突き上げられたい。
(わたしってなんてスケベな女なんだろう。付き合ってホントに間もない相手とSEXする妄想をしているなんて・・・)
「俺は何でもOKだよ。好きなように呼んで」
慶一郎の一言で、ハッと我に返った。ごくわずかな時間で妄想に耽っていた自分が恥ずかしかった。
「じゃあ、慶ちゃんでいいですか?」
「OK、OK」
僕はどことなくこそばゆかった。今までは、「慶一郎」とか「慶」などちゃんづけ、君づけで呼ばれることが少なかったからだ。高校時代に後輩と付き合った時「先輩」と呼ばれて以来の照れ恥ずかしい気持ちになった。
「なんか照れるね」
「え!?どうしてですか?」
「まさか入院先でこんなイイ出会いがあるとは思わなかったし、こんなカワイイ女性に名前を呼んでもらえるなんて考えてもいなかったから」
このお世辞まがいの一言にも、絵美の女が反応した。またしても股間が熱くなるのが分かった。
「わたしもです。入院して良かった」
絵美の笑顔を見てあらためてカワイイと思った。
最初見た時は、まあまあのカワイさに見えたのが、会うたび話すたびにカワイく思えてくる。
(これが付き合っているってことなんだよなぁ)
時系列の気持ちの変化によるものなのか、絵美のことが初めて会ったとき以上にカワイく見えてしまうのは世の男性なら皆そうなのかもしれない。
やはり恋愛は気持ちの充実が何よりなんだと思った。
どれくらい話をしただろうか、日も暮れ始め賑わっていたカフェスペースも人がまばらになってきていた。
「そろそろ病室に戻ろうか?」
「ええ〜っ、まだ話そうよ〜」
カフェスペースにある時計は、午後5時45分を指そうとしていた。この病院のタイムスケジュールとして、夕飯は6時からになっていた。
夕飯が終われば消灯時間の9時まで特に何もない。看護師さんたちも夜勤の人たちにバトンタッチされ、人数も少なくなる。重症な患者の所には頻繁に巡回に来るが、たいしたことのない患者の所には、消灯のタイミングに声をかけてくれるぐらいだ。
「だって、ご飯だよ。ご飯食べた後また会おうよ」
「そうね。確かにお腹もすいてきちゃった。お話ししてただけでも、お腹は空くんだね」
二人は一旦自分の病室に帰って夕飯を食べた。
「今日のご飯美味しくなかった?」
午後7時。約束のカフェスペースで再びおち合った二人は、揃って今日の夕飯を評価した。
この病院の面会時間は、午後の8時までとなっている。カフェスペースは、オープンスペースになっているので、施錠されることはない。
それでも午後9時を過ぎると、巡回の警備員が見回りのためやってくる。以前、スマホに夢中になり「消灯のお時間ですよ」と声をかけられたことがあったから、そのことを憶えていた。
二人の時間はアッという間に過ぎていく。ふとスマホの画面を見ると、既に8時45分になろうとしていた。
「あーもうこんな時間だ。そろそろ帰らないとまずいね」
「あ、ホントだ。ビックリ。まだ30分ぐらいしか経っていない気がしてるよ」
「明日もあるし、今日は戻ろう」
「うん」
松葉杖の二人は肩を並べてエレベーターに向かった。
夜の9時。エレベーター付近には二人だけ。普段は、エレベーターを待つのが長く感じるのに、名残惜しいせいなのか、やたらと早く感じる。
エレベーターに乗ると、何故か無言。そして、ふと目が合った。
どちらからともなく、顔を寄せ目を閉じ、唇を合わせた。
恥ずかしながら、ちょっとだけ唇が震えてしまった。