3-1
◇ ◇ ◇
「あのお父さんを認めさせるなんて、やっぱりあなたはすごいわ」
気付けば、赤べこ湯呑みの中のお茶は、再び冷めきっていた。
目の前の亜衣子は、熱いお茶に取り替えようと私の湯呑みに手を伸ばすけど、それを小さく制する。
さすがにもうお腹がチャプチャプしてると笑いながら言うと、彼女もまた、笑い返してくれた。
あの時の事をこうやって和やかに話せる日がくるとは思わなかった。
あの日は結局、西条氏から許すという言葉を聞くことは出来なかった。
だけど、「働き過ぎて身体を壊したら意味がないだろう、無理だけはするんじゃない」と、去り際に放った言葉と、少し丸まった背中に、彼の答えはあったような気がする。
もしかしたら私と向き合おうとしてくれた、最初の一歩だったのかもしれない。
乱暴にドアを締めて出て行ったあの後ろ姿を思い出したら、自然と笑みが溢れてきた。
「今じゃお父さんも、ことあるごとにあなたを呼び出しては一緒にお酒を飲む仲ですものね。全く、わたしより本当の親子みたい」
クスクス笑う亜衣子は、おもむろに席を立つと、先ほどまとめていた食器をキッチンへ運ぶ所。
流しに立つ亜衣子の背中を眺めながら、ぼんやり考える。
あれほど私を憎んでいた西条氏が、今や亜衣子よりも私を呼び出しては上等な酒を振舞ってくれるまでに至るには、西条氏が私のことをちゃんと見ていてくれたからだろう。
愛娘が貧しい暮らしをしていても、一切の援助を行わなかった西条氏。
本当は、我が子をサポートしたかったに違いない。私も親になった今、彼の気持ちは手に取るようにわかる。
でもそれをしなかったのは、娘と、そして私を信じてくれたからだと、今になって思う。