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ふと、目に入る赤べこ湯呑みに、真緒の姿を思い浮かべた。
『真緒、お父さんのお嫁さんになる!』
そんな無邪気なことを言っていたのは、いつの頃だっただろう。
もしかしたら、亜衣子も幼い頃はそんな無邪気なことを言って、西条氏を和ませていたのかもしれない。
娘を大事に育てて来た西条氏。
初めて結婚の許しをもらいに行ったあの日、殴られると覚悟していたが、それは杞憂に終わった。
ただ一言、「亜衣子をよろしく頼む」とだけ言って下げた頭を。
そして、私が持って来た酒で酌み交わした時の彼の涙を。
私は今も胸に焼き付いている。
厳格で、威圧的で、愛想なんてまるでない、一人娘の父親の姿。
彼が私を認めてくれたから、今の幸せがあると確信している。
真緒もすっかりおじいちゃん子で、遊びに行くたび西条氏の目尻はだらしなく下がり、今ではすごくいい関係になっていると、自負している。
そしてそんな真緒もまた新しい家庭を作って幸せになろうとしている所。
そろそろ私も、腹を決める番が来たのかもしれない。
「…………」
赤べこ湯呑みをそっと両手で包む。
冷めたお茶が入ったそれは、冷んやりとしていたが、胸がなんだかポカポカ温かく感じた。
そう言えば真緒は、最近亜衣子によく似てきた気がする。
父親の前で土下座までした亜衣子の姿に、真緒の姿がタブる。
あの時の私達は若かったけれど、一生懸命だった。
それでも愛する気持ちに嘘はないと、それだけは譲らなかった。
誰かを愛する気持ち、それはかけがえのないものだと、自分自身が身を以てわかったこと。
ならば、それを繋いでやるのも親の役目なのかもしれない。
親指と人差し指で、目頭をそっと抑えると、微かに指が濡れた。
そして、私は洗い物をしている亜衣子の背中に向かって、
「母さん……、真緒に“明日なら仕事は休みだ”と、言っておいてくれ」
と、叫んだ。
〜完〜