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だが、その瞬間、
「お父さん、ごめんなさい!!」
と、亜衣子が言い放った言葉が、静まり返った玄関先に響き渡った。
そして次に亜衣子は、西条氏の前で土下座をしていたのである。
これには西条氏も、そして私も唖然とするだけだった。
娘の突然の土下座にひどく動揺したのか、西条氏は、
「亜衣子! お前が謝ることなんてないんだ! そんなことしなくてもいい!!」
と、慌てて亜衣子の身体を起こそうとするが、彼女は土下座の姿勢を崩さぬまま必死に首を横に振った。
「亜衣子、わたしはさっきも言ったように、お前さえ戻ってくれたら何も咎めることなんてしない。それはお母さんも同じ気持ちだ」
亜衣子が土下座をした理由、それは駆け落ちなんて馬鹿な真似をしたことへの謝罪だと西条氏は捉えていたようで、私もまたてっきりそう思っていたのだ。
でも、私と西条氏の予想はまるで外れていて、ようやく顔を上げた亜衣子は、
「違うんです……! 私は……このまま誠一さんと一緒にいたいのです。その気持ちは変わっていないから……家には戻れません」
と、言うのであった。
驚きのあまり、目を見開いたまま亜衣子の土下座の後ろ姿を眺める。
途端に西条氏の顔が、赤みをさしてきた。
「亜衣子……お前、何を言っているのかわかっているのか!?」
「わかっています、私はここに残りま……」
「バカ言うな!!」
きっぱり言い放った亜衣子の言葉を、西条氏の怒鳴り声がかき消す。
娘の戯言に、怒りで顔を赤くした西条氏は、次に私の方を睨みつけた。
彼は、土足のまま上がり込んで、倒れていた私の胸ぐらを掴み強引に立たせた。
西条氏は、諸悪の根源である私に、その怒りの矛先を向けたのである。
一方、私はこんな状況だと言うのに、私といたいと言ってくれた亜衣子の言葉が、背中を押してくれたような気がした。
私が取るべき道、それは。
「貴様……。貴様が亜衣子をたぶらかすから、私達の家族はめちゃくちゃになったんだ」
「…………」
「もうこれ以上亜衣子に関わるのはやめてくれ!」
そう言って、彼は先ほど殴った時よりさらに力を込めて殴ろうと、肩の後ろから勢いをつけて右拳を振り下ろした。
「お父さん、もう、やめて!!」
亜衣子の悲鳴が響き渡る。
身体が吹っ飛ぶくらいに殴られると覚悟していた私は、キツく目を閉じ、軋むくらい奥歯を噛み締めた。