チカ-4
チカは友達がいないせいもあって、誰も彼女の素性について詳しく知っている者はいなかった。
「なんで、わたしがエッチなことに詳しいって思うわけ?」
自分のことを積極的に話したりするわけもないから、ますます謎めいて、それがよからぬ噂を立てる原因にもなった。
「いや、ほら……カナちゃんとケンカしたとき、すごく詳しかったな、って思ったから……」
チカについての噂はたくさんあった。
みんなバカバカしい噂ばかりだったけれど、その中に、ひとつだけ本当のことがあった。
「詳しかったら、なんだっていうの?」
口調は穏やかだったが、ミナに向ける目つきは尋常じゃなかった。
「え、えっと……、ちょっと、教えてもらいたいことがあって……」
「教えてもらいたいこと?」
「う、うん……」
「なによ?教えてもらいたいことって?」
わずかだが、チカの瞳から険しさが消えた。
今思えば、それは自分にかけられた嫌疑が晴れたからと考えたからかもしれない。
チカには、とんでもない秘密があった。
「う、うん、そのね……男の人がエッチなことするときって……その……いったい、なにするの?……」
「はあ?」
「あっと……そうじゃなくて、その……ほ、ほんとに、おチンチンをアソコに入れたりするの?」
「そうよ」
呆気ない返事が返ってきた。
「その……おチンチンって、入れても痛くないの?」
「痛いのは最初だけよ。そのうちすぐ慣れるわ。」
「な、慣れたら、痛くないの!?」
「そうね」
「で、でも、あんなにおっきいのに、ほんとに入ったりするの?」
このあたりから、チカの目つきが変わりだした。
「あんた、勃起したペニスを見たことあるの?」
「ぼっき?ぺ、ぺにす?」
「勃起はおチンチンが硬くなっておっきくなること。ペニスは、おチンチンの別名。生物学用語でおチンチンをペニスっていうのよ。」
「へ、へえ……。」
「あんた、どこでみたの?」
「え?あっ、うちで。」
さりげなく訊かれたものだからバカ正直に答えてしまった。
「なに、お父さんの?」
「ううん、じゃなくて、おにい……」
そこまでいって、自分でも気がついた。
「へえ、お兄ちゃんに、いやらしいことでもされちゃった?」
チカの顔は笑っていた。
ミナは、真っ赤になった顔をうつむかせた。
それが答えのようなものだった。
「そっか、ミナには、歳の離れたお兄さんがいるんだっけ……」
チカは独り言のようにつぶやくと、頭の後ろに両手を組んで、背中を反らせながら品定めでもするようにミナを見つめた。
「だ、だれにも……いわないで……」
黙っていればいいものを、自ら傷口を広げてしまう。
「ねえ、ミナ」
しばらく考えるようにミナを見つめていたチカが、不意に顔を近づけてきた。
「あんた、今日うちに来ない?」
「え?」
このときのチカが何を意図していたのかは、わからない。
「百聞は一見にしかず、っていうじゃない?あんたセックスのことが詳しく知りたいんでしょ?」
「せっくす?」
「男と女が裸になって、おチンチンをアソコに入れたり出したりすることよ。つまり、あんたのお兄ちゃんがあんたにしたがってることよ。」
兄がしたがっていることといわれて、またもやミナの顔が赤くなった。
「口でいってもわからないだろうから、実際に見た方が早いと思うわよ。」
「で、でも……」
他意を持っていたわけではなかったが、ミナだって正直このチカが怖くて苦手ではあった。
「お兄さんのこと、黙ってて欲しいんでしょ?」
先を読むように逃げ道を塞がれてしまった。
「じゃあ、決まりね。」
返事をしたわけではない。
「今日は一緒に帰ろう。ミナのうちがどこにあるかも知っておきたいし。」
「で、でも、今日は……」
タケルと約束した。
家で待っていると……。
「ミナ。」
不意に、チカの顔が目の前に近づいてきた。
まさに目と鼻の先だった。
「あたしはね……、」
煮え切らない返事に苛立つような顔だった。
そして、
「あんたのためにいってあげてんだよ」
ぞっとするほど恐ろしい目が、ミナに向けられていた……。