〜 技術その4 〜-2
プラスチックのポットではなく『育苗ポット』を使うことには、他にも2つメリットがあります。 1つ目は外気が寒いうちでも発芽の適温である30℃に保てること。 2つ目は鳥獣による食害の怖れがあれば、縛られた足を震わせて追い払ってくれること――そう語る先輩たちの様子は、いつもより能面に見えました。
私たちは自分達が育てた『培養土』を『育苗ポット』の膣に詰め、種を撒きます。 あとは畑に放置された『育苗ポット』が発芽まで種を育てます。 それから余分な芽を間引き、苗を完成させたところで『育苗ポット』はお役御免。 また新たな苗を育てるために、栄養と水分を補充するため、専用の準備施設に引き取られるそうです。 そこで再び膀胱と腸を水分、栄養で満たしてから、別の苗のために出荷されます。 そうして何度も育苗に成功すれば、別な生産――例えば乳業家畜や水産養殖、天然子宮――に関われるようになることもあるらしく、どの『育苗ポット』も懸命に苗を育ててくれます。 なので苗が育つところまでは、安心して『育苗ポット』に任せていい――そんな風に先輩方は教えてくれました。
幼年学校の先に『Dランク』の社会的職種があることは知っていましたが、具体的な進路を聞いたのは初めてです。 私たちが机を並べた同級生が、そのうち何人かは『農作業用具』になって苗を育てることになるなんて……どう表現していいか分かりません。 学園に入学してからこのかた、常識なんて消し飛びましたし、毎日驚かされてきて、少しはショックに耐性がついたと自負していたんですが……社会や学園の闇を諮るには、まだまだ私は甘いんだと思いました。
先輩方のように然るべき時には感情を殺して対処しなくては、学園で進級すらままならないんです。 一々驚くには値しません。 全ての事態は、明日は我が身。 他人事なんかじゃありません。 サラリと話してくれた先輩みたいに、私も淡々と受け入れようと思います。
いつまでも膣の中で育てていては、作物の根が広がりません。 植物を植える場所をポットから畑に移すことを定植というそうです。 エダマメの場合、発芽して4日ほどで定植します。 まず畑にポットと同じ深さ、大きさに穴を掘ります。 どのくらいの穴を掘ればいいかは、定植時に『育苗ポット』が教えてくれます。 (ポットが言葉を喋るのは、後にも先にもこの時だけしか許されていません。 逆にいえば、ポットは言葉や理性を無くしているわけじゃなく、規則に従って口を閉ざしているだけといえます) それから穴の底に『元肥』――この日のために栄養錠剤を呑み、特別にお腹の中でこなした便――を排泄し、ポットから抜いた苗をのせます。 最後に土をかぶせ、隣に『支柱』を指せば定植完了。 支柱は根を傷つけないよう、排泄を終えた直後の敏感な肛門を用いて、優しく畑に突き刺す決まりです。
専門用語で水やりのことを『かん水』といいます。 一般的には土の表面が乾きはじめたらかん水をします。 栄養塩類の供給を同時に行うため、かん水は私たちの膀胱経由です。 もちろん小水が一番いいのですが、暑い盛りにはもっと大量の水が必要になります。 そういう時は水分を一旦シリンダーで膀胱に抽入し、畑までいって放尿することを繰り返して対応することになります。 かん水には作法が決まっており、四つん這いの姿勢から片足を挙げての放尿でなくてはなりません。 これは植物の根に股間を近づけて水を撒き、効率的に根へ水分を送るためだそうです。
……。
他にも『追い肥』や『受粉』、『摘芽』や『摘しん』といった植物に身体を接触させる作業があります。 植物本来の姿を尊重する、道具である自分を認識するといった名目で、或る時は歯、或る時はクリトリスで接触作業をします。 そういう行為を通じて育った作物を、最終的には頂きます。
【B29番】先輩がいった言葉の意味が何となく分かりました。 『色々ショックかもしれないけど、どう作ろうが豆は豆』……そう考えないと、とても食べられないってことなんですね。 私はエダマメを食べることが出来るでしょうか? 今はちょっと分かりませんけど、いざその場に立ってしまえば、あっさり食べている気もします……。
チラッと隣の様子を伺いました。
22番さんは、何もいわずに真剣に話を聞いています。 きっと彼女もエダマメを残さず食べるんだろうな……特に理由はありませんが、そんな気がしました。