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「お父さん、いつなら都合がいいのよ」
ナチュラルに整えられた眉をしかめ、真緒(まお)は私を睨めつけた。
「ああ、後で確認しておくから、もう少し待ってくれ」
「いつもそう言って、都合悪いって言ってばかりじゃない」
「仕方ないだろ、今は繁忙期だし、土日出勤をしないと追いつかない程なんだ」
そして私はチラリと自分の紺色のスラックスに目を落とす。後はジャケットスーツを羽織れば立派な企業戦士の出来上がりだ。
今日はデートでもしてくるのだろうか、堅苦しいワイシャツにネクタイ姿の私とは対象的な、ニットのワンピースに身を包んだ真緒。
母親譲りの優しい顔立ちにそれはよく映えているけれど、当の本人はムスッと不機嫌そうである。
「もう、すぐ仕事仕事って。前はこんなに土日出勤なんてなかったじゃない」
途端に身体が強張る。全く、女って奴は見てないようで見てるものなのか。
「は、繁忙期なんだ」
上ずった声をごまかすように、テーブルの隅に置いていた新聞を広げた私は、娘との間に仕切りを作って逃げた。
仕事なんて嘘って言うのがバレているのだろうか。
反射的に身体が強張り、息を潜めてしまう。
すると、新聞の向こうから、フウ、と大きなため息が聞こえて来た。
「……彰彦(あきひこ)もお父さんに挨拶するって張り切っているんだから、いつまでも逃げ回るのは止めてよね」
ため息混じりの捨て台詞には、呆れと苛立ちが明らかに感じ取れる。
結局真緒は、それ以上を私に言及することなく、「ごちそうさま」とだけ呟くと、流しに食器を下げてリビングを出て行ったのであった。
新聞で真緒の顔が見えていないのに思わず肩を竦めてしまう。
最近の朝食の光景といったら、めっきりこのパターンになっていた。