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「また、真緒に怒られていたんですか」
リビングを後にした真緒と入れ替わるように、ドアの向こうから現れたのは、妻の亜衣子(あいこ)だ。
町内会費の集金に来た山本さんの与太話に今まで付き合わされていた亜衣子は、少々疲れた顔でようやく席についたが、あいにく味噌汁も、炊きたてのご飯もすっかり冷めてしまっていた。
亜衣子が席についてくれたおかげで、幾分気が楽になった私は、先ほどの真緒からの鋭い視線を遮断させるための新聞を折り畳んで、再びテーブルの隅に置いた。
そして、目の前にある、キャラクター化された赤べこの絵が描かれている湯のみ茶碗を手に取る。
ぬるい、と思ったが今の私にはちょうどいい。
さっきまで真緒に睨まれっぱなしですっかり萎縮してしまった私は、カラカラになった喉を潤すべく、それを一気に流し込んだ。
「さっきの話、聞いてたのか?」
「いいえ。でも、真緒の不機嫌そうな顔を見てたらわかりますよ。まだお父さんが彰彦さんと会うのを渋ってるんだって」
「仕方ないだろう、本当に仕事なんだから」
「はいはい、漫画を読みに行ってるのが仕事なんですよね」
クスクス笑う亜衣子にグッと言葉が詰まる。
さすが、妻である。私が休日出勤と偽って、インターネットカフェに入り浸っているのをお見通しなのだ。
コイツを前にしては隠し事なんてできないな、と私は決まり悪そうにネクタイをくるくる回して俯いた。
亜衣子が見破った通り、土日出勤なんて今の時期はほとんどない。
そんな私がスーツを来て、仕事と偽ってインターネットカフェへ入り浸っている理由は、真緒の彼氏に会いたくないから。
ただ、それに尽きるのだった。
それを見透かされているのかと思うと、なんだか彼女の顔を見ることすら気恥ずかしくて、ぶっきらぼうに「お茶のおかわりをくれ」とごまかした。
しかし、それすら「ハイハイ」なんて笑顔で頷く亜衣子に、余計に自分の幼稚さが際立ってしまうように思えて、自然と顔が熱くなってくる。
いや、実際その通りなのだ。
娘に彼氏がいることを、そして二人が結婚をしようとしている現実を、受け止めるだけの大人にはなりきれなかった。