発覚-2
「母さんも一緒に連れて行けば？」
父が長期の派遣になると聞いて、ずっと考えていた。
うまくいけば、ふたつの障害を一度に排除することができる。
「母さんを？何を今さらバカなことをいってるんだ」
鼻で笑うような態度をみせて、父はまともに取りあおうとはしなかった。
だが、まんざら可能性がゼロのわけでもなかった。
「でも、このままじゃ母さんだって納得しないでしょ？ずっとじゃなくても、せめてどんな場所かさえ自分の目で確かめることができれば、母さんだって安心するんじゃない？」
もっともらしい理屈を思いつくのはタケルの得意技だ。
たとえ数日のあいだでも、ミナとふたりきりになることができれば、タケルの願いは叶えられる。
昼夜を問わず両親がいないのであれば、そのあいだ陵辱に明け暮れて、ミナを恐怖のうちに支配することだって可能だ。
奴隷どころか肉便器にしてやるつもりだった。
父は、タケルのいうことにも一理あると思ったのか、しばし思案顔になった。
無理に否定はしてこなかった。
やっぱり、望みはある。
そう、思った……。
「母さんだって、その方がいいでしょ？一緒に行った方が母さんだって安心できるんじゃない？」
父が黙ったのを見て、タケルは同意を求めるように母を見つめた。
母がここで肯いてくれれば、父は無理に反対はしない。
そんな気配があった。
タケルの提案に、母は曇らせていた顔をわずかに明るくさせたが、それもすぐに暗い顔つきへと戻ると寂しげな声をだした。
「だめよ……。あなたとミナのふたりだけを残して家を空けることなんて、できないわ……」
苦渋の表情になっていた。
となりでは、ミナが心配そうに母を見上げていた。
ミナは、タケルの意図に気付いて不安を覚えたに違いない。
勘のいい子だった。
救いを求めるような眼差しを母に向けていた。
母が、承諾してしまったとき、ミナはどんな顔をするだろうか。
何がなんでも承諾させなければならなかった。
「もしかしたら父さん、死んじゃうかもしれないんだよ」
ことさら危険を煽るように訴えた。
なんとしても母を父の元に向かわせなければならない。
平静をよそおっていたが、切羽詰まっていたのはタケルの方だった。
溜めに溜めた欲望は、すでに限界を超えていた。
下半身がミナを欲しがって、疼きは耐え難いほどに激しくなっていた。
このまま無為に過ごす日々がつづけば、タケルは本当に発狂しかねない。
それだけ凄まじい性欲に苛まれていた。
父は、ふたりのやりとりを眺めているだけで何もいわなかった。
母の選択に任せるように腕を組んでいた。
母に相談もせずに勝手に決めてしまったことに負い目を感じていたのかもしれなかった。
急遽の辞令であったから、それは仕方のないことではあった。
おそらく、初めての異国での暮らしに不安を覚えてもいたのだろう。
当初だけでも母が帯同してくれれば、暮らしが軌道に乗るまでのあいだは仕事に没頭できる。
父が押し黙ったのは、そんなことを頭の中で計算していたせいもあったのかもしれなかった。
何もいわない父の態度に、母も戸惑う素振りをみせていた。
しばらくは、そわそわと落ち着きなく考えるようにしていたが、やがて、となりにいたミナと目が合うと、彼女は覚悟を決めたようにいった。
「やっぱり、無理よ。この子を残して、ひとりだけ向こうに行くなんて、できない……」
あきらめたような顔になっていた。
あきらめたような顔ではあったが、タケルに向ける瞳の中に強い意志はあった。
この瞬間にタケルの計画は、もろくも崩れ去った。
計画の破綻が決定的となって、タケルは自分でも気付かぬうちに母をにらんでいたのかもしれない。
膝の上で拳を握りしめていた。
殺意に近い激情を覚えながら、母を恨むように見つめていた……。
ターミナルビルの屋上に吹きすさぶ風が冷たくなった。
佇むミナの髪の毛が乱暴に踊っている。
後ろの髪は丁寧にまとめられているが、こめかみのあたりは、長さを誇るように長く伸ばされている。
ずいぶんと洒落た髪型だった。
母が熱心に櫛を入れたのだ。
「帰ろっか？」
その母の手が、そっ、とミナの肩に置かれる。
後ろから包み込むようにミナを抱きしめていた。
ミナは答えなかった。
答えない代わりに、肩に置かれた白い手に、自分の手のひらを重ねて甘えるように頬を乗せた。
いつまでも動こうとしないミナを見かねて、あやすように母の手のひらが小さな頭をなでつける。
ミナは振り返ると、母の腹にしがみついた。
すがるように顔を埋めていた。
「もう、帰ろう……風邪ひいちゃうわ……」
慈愛に満ちた眼差しがミナに向けられていた。
ずっとこうして、母はミナを見つめていたのだ。
タケルが気付かなかっただけだ。
後ろから眺めていた。
ふたりに向けるタケルの目は暗い。
視線はミナにではなく、母親の夏美を捕らえていた。
ミナを生んだだけあって、よく似ている。
顔の輪郭の大きさが違うだけで、丁寧にメイクされたふたりの顔は、驚くほどそっくりだった。
見慣れた顔だったから、今まで気付きもしなかった。
ふたり並んで立っていると、まるで歳離れた姉妹のようにもみえる。
確かに母は若くて美しい……。
タケルは、母の夏美をじっと見つめつづけた。
（やっぱり、無理よ。この子を残して、ひとりだけ向こうに行くなんて、できない……）
昨日、確かに母は、そういった。
ミナを残しては行けない、と。
それは、つまり……。
激情に駆られて、思わず母をにらんでいた。
そのとき母は、