好機-1
7
女の気持ちはわからない。
たとえ年端のいかない子どもであろうと、ミナは「女」である。
タケルとは違う尺度で物事をはかり、見つめ、そしてアクションを起こす。
まさしく「子宮で考える」というやつだ。
気持ちは、まだタケルに囚われたままだろう。
浴室のミナの態度に疑いようはない。
今でもミナは淡い恋心を抱いて、タケルを嫌いになれずにいる。
それは確信できる。
だが、体を自由にさせるかといえば、それは話が別だ。
きっと、身の危険を感じてミナは本能的にそれを回避した。
おそらく、そうだ。
まったく、やってくれる・・・。
ミナの背信から一週間が経っていた。
結局あの日、母が帰宅するまでミナは帰ってこなかった。
友達の家に遊びに行っていたのだという。
そこで夕飯までごちそうになり、母の仕事が終わるのをずっと待っていた。
頃合いを見計らって友達の家から母の携帯に電話をかけ、仕事帰りに迎えに来た母と一緒に帰宅した。
「驚いたわよ。いきなり知らない番号からかかってくるんだもの。」
そりゃ驚いたろうよ・・。
タケルは、母から連絡を受けて、玄関でふたりが帰ってくるのを待っていた。
「全然知らないひとの家だから、さがすのも苦労しちゃった。あんな女の子、ミナのクラスにいたかな?」
母は玄関でブーツを脱ぎながら、ぼやくようにつぶやいた。
帰りの車中でもミナは家に戻らなかった理由を母に告げなかったらしい。
そのミナは、母の後ろに隠れるように立っていた。
待ち構えていたタケルを目にした途端、あからさまに脅えた表情を浮かべて、すぐに顔をうつむかせた。
「ケンカでもしたの?」
顔を背けるミナの態度に母が不思議そうに訊ねてきたが、タケルは「ちょっとね。」とあいまいな返事を返すだけで答えを濁した。
「めずらしいわね、ケンカするなんて。」
母には、あまり興味がなかったらしい。
深く追求はしてこなかった。
「今夜も一緒にお風呂に入りたいっていうからさ、ちょっときつめに叱っちゃったんだ。さすがに毎晩はね。」
念のために付け加えておいた。
母は納得したように肯いていた。
ミナは、母がブーツを脱いでいるあいだも母のスカートをつかんで、片時も離れようとしなかった。
母と一緒に玄関を上がってくると、いきなり脱兎のごとく駆け出し、タケルの横をすり抜けて、あっという間にリビングへと逃げ込んでしまった。
それからミナは、父が帰ってくるまでリビングから出てこなかった。
階下から父の声が聞こえる頃に、ようやく自分の部屋へと戻ってきた。
タケルは息を潜めて、となりの様子をうかがっていた。
ミナの部屋はタケルの部屋のすぐとなりにある。
はらわたは煮えくりかえっていた。
すぐにでも裸に剥いて、小さな尻が真っ赤に腫れあがるまで引っぱたいてやりたい気持ちだった。
どんなに泣き叫ぼうが赦してやらずに、あの幼気な性器に無理矢理押し込んで壊してもかまわないと本気で思った。
今すぐにでもミナの部屋に飛び込んで、がむしゃらに襲いかかってやりたかったが、家の中に父の姿があってはタケルも無茶はできなかった。
脳天気な母ぐらいなら、言葉ひとつで騙すことなど造作もないが、同性の父は2階の気配だけでタケルの悪さを察知する。
根拠などなかったが、どこか得体の知れない勘の鋭さのあるひとで、タケルは正直この父が苦手で畏れてもいた。
あれほど欲しがっていた肉体がすぐとなりにあるというのに、何もできない状態はまさに苦行としかいいようがない。
ベッドに入っても眠ることなどできず、目を閉じていると自然とまぶたの裏にミナの顔が浮かんだ。
照れた表情を浮かべながらも、嬉しそうにはにかんで肯いていたくせに結局ミナはタケルを裏切った。
あれは、裏切り行為以外の何ものでもない。
怒りは頂点に達していた。
だが、どうすることもできなかった。