泡姫 メグ-1
ちょっと嫌な雰囲気での別れになってしまった。
ほんの数十分の間に、なかなかカワイイ女性と思いもよらない出会いをし、一気に翌日のアポイントまで取り付けるという冗談めいた現実に直面した。
舞い上がる感覚で、明日のカフェデートを思い描いてるはずが・・・
まさかのアクシデント。
そのアクシデント自体が悪いかと言えばそうではない。むしろラッキーとも言える、まさかのオッパイ接触！
しかし、事故とはいえ、女性の胸を触ってしまったことで、お互い気まずくなってしまったのだ。
（個人的には嬉しいことだけど、あれで彼女が引いてしまうようだと勿体ないよなぁ。オッパイが触ったことと、これからの展開を天秤にかければ・・・そりゃあ、瞬間のオッパイより継続的なＳＥＸだよなぁ）
彼女の気持ちを考えるよりも、性的妄想に走る自分は嫌な男だなと思いつつも、さてどうしたものかと考えてみる。
何ごともなかったように接するのが良いのか、それとも「昨日はゴメンね」と謝るのがいいのか、迷うところだ。
それより何より、果たして約束通り待ち合わせ場所に来てくれるのだろうか。今日の出来事が原因で、無かったことになってしまうのではないだろうか。
（あーしまった。携帯番号かアドレスを聞いておくんだったなぁ。）
リハビリの際にはスマートフォンを持ち歩いていない。持っていれば自然とアドレスを聞く流れになっていたのだろうけれども、あいにく持ちあわせてはいなかった。
慶一郎は、普段からスマートフォンに依存しているようなタイプではない。むしろ、いつでも下を向き、歩いている最中でも画面を目で追っている人たちを疎ましく思っているくらいだ。
が、今回はそれが仇になるかもしれない。そう思いながら、恨めしそうにスマートフォンに目をやると、ラインが入っていることに気付いた。
（まさか絵美ちゃんからなんてことはないよな・・・）
ある訳のないことを考えながら、ラインを立ち上げると、悪友メグからのラインだった。
『おーい入院してるのかー』
『今日お見舞いに行くよー』
「はぁ！？いきなりだな」
思わず声を出してしまった。
しかし、メグの性格からすると何ら不思議なことでも珍しいことでもない。
天真爛漫を地で行くような女。メグはいつでも自分の思ったまんま行動する。その行動に、時に喜び、時には怒り、そしていつでもハラハラさせられっぱなしであった。それでも、最後は何事もなかったかのようにピタリと落ち着く所に落ち着く。そんな何とも不思議な魅力を持ったメグ。
何度もケンカし、何度も笑い、そして何度もお互いの欲望を貪り合った。
お互い理想の異性像だったのかもしれない。けれど、一度も付き合ったことはない。
事実として、同棲していた時期もあり、ＳＥＸも数え切れないほどしている。そんな二人でも、恋人同士として認識した時間はゼロと言ってもいい。
そこまで相性が良く、相手を思う気持ちも持っているのに何故だと聞かれても、明確な答えは出せない。
おそらくお互いが、どこかで恋人にはなれない何かがあったのだろう。
恋人関係にならなかったことが、今でも悪友として関係を続けていられるのかもしれない。
もし、二人の関係性を例えるなら「ＳＥＸフレンド以上、恋人未満」がピッタリはまる。
メグの職業は「ソープ嬢」。
天性のＳＥＸ好きと公言してはばからないメグにとってはまさに天職と言っていい。
肉感的でグラマラス。ややぽっちゃり感は強いが、その包み込まれるような肉感は、スレンダーなモデル体系の美女にはない中毒性がある。
秋田の生まれというメグの透き通るような白い肌としっとりとした感触は、メグをソープランドのＮｏ１嬢に仕立て上げたといっても過言ではない。もちろん、おおらかで明け透けのない彼女の性格があってこそではあるが。
メグとの出会いは、ソープランドの客と泡姫という関係から始まった。
当時、都内の企画会社で働いていた僕は、クライアントの接待で初めてソープランドを経験した。担当していた企画が見事にヒットし、クライアント先の社長にえらく気に入られたことがあった。その社長は、風俗好きとしても知られ、某ソープ街では知らぬ者はいないとまで言われた性豪である。
「沢村君、ソープは風俗の中でも別格だよ。一度経験してみると、人生観が変わると言ってもいい。一度付き合いなさい。これから先君が本当の一流になるためには、色々な世界を知っておくことも必要だよ」
そう言われ、社長のお供をすることになったのだ。
良いプレゼンのお陰だと喜んでくれた社長からの逆接待を受けていた寿司屋の席で、二次会はソープランドに繰り出すことが決まった。当然社長のおごりだ。
店を出て、馴染みの店を予約すると、タクシーを呼び止めた。
行先は、ＪＲ山手線の某駅前を告げる。
店には必ず迎えの車で乗り付けることにしていると言った。社長のポリシーだそうだ。
「店まで直接行かないのが僕の流儀でね。高級店になると、高級外車で送迎してくれるんだ。どんなに貧乏でもそこの客として迎えられる立場になれば、すべて同じ扱いをしてもらえる。しっかりとお代を払ってくれれば、その対価として正当なサービスを提供してくれる。至極まっとうな商売だと思わないかい。性風俗だと思ってナメちゃあいけない。僕は、ビジネスの基本がそこにあると思っているんだ」
社長のビジネス成功論がまさか風俗にあるとは思ってもみなかった。
「だいぶ勉強代は使ったけどね」
豪快に笑う社長だったが、『風俗ビジネス基本論』は真面目な話のようだ。
程無くして駅前に到着。タクシーから降りると、すかさずスーツ姿で一見ホテルマンのようないで立ちの男が歩み寄ってきた。
「お待ちしておりました。いつもありがとうございます」
スっと一礼をし、キビキビとした動きで、車に案内してくれた。