是奈でゲンキッ!X 『ミステイクス リンク』-1
「あ〜んっもうぉ〜、どうしよう! 間に合わな〜ぁい!!」
少女の名は是奈、『朝霞 是奈(あさか ぜな)』。『県立藤見晴高校』在学2年生の、何処にでもいる普通の女子高校生である。
「きゃー! どうしよう! 沸騰してきちゃったーー!!」
彼氏居ない歴17年の彼女は、昨日友人から聞き知った、スペシャルな情報に胸踊らせ、
「あ〜んだれかぁ、火を止めてぇ! って言うか危ない! こっち来(こ)ないでぇ〜!」
何やら孤軍奮闘中であった。
”ドッカーーーーーンッ!!”
突然の爆発音に何事かと、キッチンに駆けつけた是奈の妹『清美(きよみ)』小学4年生10歳は、目前に広がる悲惨な光景を目の当たりにして、つぶらな瞳をパチクリさせるばかりのようである。
「お姉ちゃんってば、何やってんのよもー!」
見れば、姉、是奈は顔中と言わず、着ている服からなにから、身体中チョコレート塗れになって、キッチンにあるテーブルの下で、膝っこ像を抱え込んで、シクシク泣いているではないか。
そしてどうやら、先ほどの爆発は、茹でていたチョレートが原因らしく。キッチンの床は勿論のこと、壁やら、天井やら、いたる所に、飛び散ったチョコレートがへばり付き。さらに見れば、シンクの中には慌てて放り込んだらしい、大きな鍋に、焦げ付いて真っ黒になったチョコレートの塊が、噴火して流れ出した溶岩が再び冷えて固まったような、見るには忍びない、醜態を晒していた。
いったいこれはどうした事かと、清美は姉である是奈に聞き込む。
すると是奈は。
「あした! 明日なのよー! 田原君の誕生日って明日だったのよ〜!」
泣きながらそんな事を訴えてくる。
田原君っ? はたして、それは姉の彼氏なのだろうか?
清美は小さいながらも小首を傾げて、姉の言う田原君とやらが何者なのか、しばし考えこんだ様子ではあったが。そんな事よりなにより、その田原君の誕生日とか言う明日の暦と、今現在起こっているキッチンのあり様が、どう関係してくるのかと、そちらの方にこそ興味があったようである。
「だ〜か〜らぁ! 明日の誕生日に、あたしの手作りチョコレートを田原君にプレゼントしようと、さっきからがんばっているのに、ちぃ〜とも上手くいかないのよぅ!!」
是奈は、ひとしきりにテーブルの上を拳で叩きながら、そう言って悔しがる。
まったく、『バレンタインデー』でもあるまいし、なにやってんだか。と、清美は額に手を当てて、首を横に振っていた。
「お姉ちゃんさぁ…… もしかして、チョコを溶かして型にでも流そうかと、直火でゆでたでしょっ」
清美の可愛らしくも鋭い突っ込みに、ややたじろぎながらも是奈はコクコクっと首を縦に振る。
「チョコってぇ、直接火に当てちゃいけないのよ!」
清美はそう言うと、是奈が買い込んでいたチョコレートの余りを、小さめな金ボールへと移し入れ、鍋に張った水でお湯を沸かし、その中にチョコの入った金ボールをつけ込んで、ゆっくりとチョコを溶かし始めた。
「チョコはぁ〜、こうやってぇ〜、湯銭させないといけないのよぉ」
「へぇ〜……」
そうやって、清美が器用にもチョコを溶かす様子を脇から覗き込みながら、是奈はひとしきりに感心していた。
「まったくお姉ちゃんったら、ドジなんだから」
清美は、不甲斐ない姉を持つと、妹が苦労するのよねえ。とでも言いたげな顔をして、ぶつぶつ言いながらも。トロトロに溶けていい具合になったチョコレートを、おそらく姉が用意したものだろう、ハートの形をした金型の中へと流し込み。
「これでバッチシよっ!」と、Vサインを出して、姉に自慢して見せた。
「なっ何よ清美ちゃんてば! あたしだって知ってれば、そのくらい出来たわよ!」
是奈は、小学生の妹以下の、自分の知識の無さが情けないやら、年のわりには変な事をやたらと知っている、耳年増な妹が憎らしいやらで、少し剥(ふく)れたようだ。
妹は妹で、そんな姉を横目で見ながら「バーカ!」とでも言いたげであった。