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『月陽炎~真章・銀恋歌~』
【二次創作 官能小説】

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『月陽炎~真章・銀恋歌~』-8

目的の場所は母屋の中ではなく離れにあった。
裏口から出て数歩の距離なのだが、外にあるのなら寝る前には早めに用を足しておいたほうがよさそうだ。

悠志郎は便所から出ると、何気なく母屋から拝殿の方へ散歩してみることにした。
どうせ仕事は明日からなので、自室に戻ってもすることがない。

ならば、しばらく滞在することになる場所を改めて見ておこうと思ったのだ。

白い玉砂利を踏みながら、拝殿へと続く参道を横切って社務所へと歩いていくと、その側にある神木の下に柚鈴の姿があった。
どうやら、舞い散った落ち葉を箒で掃いているようだ。

悠志郎は声をかけるべきかどうか、しばらく悩んでしまった。
先ほどのことを謝罪しておきたかったが、迂濶に近寄ればまた同じことを繰り返してしまうおそれがある。

どうしたものか……と葛藤を繰り返していた悠志郎の気配に気付いたらしい。
振り返った柚鈴は、そこに悠志郎の姿を見つけて困ったように身じろいだ。

『その……さっきはどうも』

悠志郎は同じ轍を踏まぬように、その場に立ち止まったまま言った。

『あ……えっと……』

なんと言葉を紡げばいいのか分からないのは柚鈴も同じようだ。
視線をこちらに合わせ、じっと見つめて来たかと思えば、視線を下にやったり横にやったりと中々定まらない。

『あの……やはり私がいると迷惑ですか?』

一応は請われて来ているのだが、柚鈴を困らせるようなことはしたくなかった。
自分が滞在することによって彼女の居場所がなくなるようなら、ここにいることを考え直す必要もあると考えたのだが……。

『め、迷惑なんかじゃありませんっ!』

銀色の髪を揺らしながら、柚鈴は大きく首を振った。

『悠志郎さんのこと……迷惑なんかじゃありません、嫌いでもありませんっ!』

『柚鈴さん……』

『私……こんなんだけど、頑張って……頑張ってお話できるようになります。……もう怖がって泣いたりしないように頑張りますからっ』

柚鈴は震える声でそう言った。
彼女からすれば言葉を交わすだけでも大変だろうに、必死になって語りかけてくる。
その姿に悠志郎は思わず胸が熱くなった。

何故に柚鈴が対人恐怖症になったのか知らないが、この様子では学校どころか境内から出ることすら難しいに違いない。
そんな彼女が好意を見せてくれているのだ。
悠志郎は頷いて見せるしかなかった。

『分かりました、柚鈴さん』

『え……?』

『これからしばらくご厄介になりますが、よろしくお願いします』

『は、はいっ……こ、こちらこそ……よろしくですっ』

そう言って柚鈴はぺこりと頭を下げる。
赤くなって俯いている様子が可愛らしく、悠志郎は思わず数歩だけ彼女に近付いた。

が……。

『あっ!そ、その……だ、駄目っ……!』

柚鈴は箒をその場に放り出すと、一目散に駆け出して行ってしまった。


『ん……もう、夕暮れか』

旅の疲れを癒すために自室でうたた寝をしていた悠志郎は、西側から差し込んでくる夕陽の眩しさに目を覚ました。

部屋はすっかり茜色に染められており、遠くからは烏(からす)の泣き声が聞こえてくる。

起き上がると、大きく伸びをした。
どうやら疲れはすっかり抜けているようで
随分と身体が軽くなっている。

『それにしても……見事な夕焼けですねぇ』

悠志郎はひとりごちて呟くと、鮮やかな夕陽に誘われるように部屋を出た。

縁側から人気のない境内へ向かう。
そこには昼間とはまた違った風情が感じられる。

子供の頃は、よくこんな夕暮れの境内で遊んだものだ。
そう思い出しながら辺りを見まわした時……。

『うん。それでその子はどうなったの?』

『バッチリ先生に怒られてた』

『わぁ、なんか美月に似てるね、その子』

『あははっ、言えてる。遅刻以外にも忘れ物とか色々と……』

社務所の裏手から話し声が聞こえてくる。
何気なく声のする方に近付いてみると、そこには柚鈴と……もうひとりの見知らぬ少女が楽しそうに話をしていた。
どうやら柚鈴の友人のようだ。

対人恐怖症といえども、家族や特定の友人は平気なのだろうか?

それまで見たことのない笑顔を浮かべる柚鈴に、悠志郎は思わず声を掛けるのを躊躇ってしまった。

学校に行っていないという彼女にとって、友人との会話を楽しむのは貴重な時間に違いないのだろうから。

そう考えた悠志郎がそっと踵(きびす)を返そうとした時。

『あっ……』

不意に振り返った柚鈴と目が合った。
彼女も悠志郎に声を掛けるべきか、迷ったような表情を浮かべている。


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