『月陽炎~真章・銀恋歌~』-7
『ちょっとあんた……柚鈴に何をしたのっ!』
『い、いや……別に何も……』
『無理やり詰め寄ったんでしょっ!そうでなきゃ、こんな泣き方するわけないわっ!』
『いや、ですから……本当に何も……』
『男の癖に言い訳するつもりっ!?』
悠志郎に口を挟む隙も与えず、美月は一方的にまくし立てた。
まるで聞く耳を持たないかのような物言いは、最近の言葉で言うヒステリーというやつだろう。
『何とか言ってみなさいよ!』
『一方的に詰問されては話す気も失せるというものです』
『あたしが悪いっての!?』
『率直に申し上げるとそうですね。少し頭を冷やした方がよろしいと思いますけど』
自分でも悪い癖だと自覚しながら、つい皮肉めいた言葉を口にしてしまう。
こんな勝ち気な娘が相手だと、火に油を注ぐ結果になるということが分かっているのに……。
『やかましいっ!出てけ!この女の敵っ!』
案の定、美月は顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
『私は呼ばれてここに来たのですけど?』
『あたしは、あんたなんか呼んでなんかいないわよ!』
ここまで来ると、もはや冷静に話し合うのは不可能だろう。
これからしばらくは一緒に暮らさなければならないというのに、こんな状態ではとても上手くやっていくことなどできない。
どう収拾したものか……と頭を悩ませていると、ふと後ろから誰かが近付いてきた。
『悠志郎さんは、あなたではなく父様がお呼びした方です』
『ね、姉様っ!?』
やって来たのは鈴香だった。
怒鳴り声に気付いて仲裁に来たのだろう。
ちらりと悠志郎を一瞥した後、彼女は部屋の中の柚鈴と美月を交互に見比べた。
『悠志郎さんには私の仕事を手伝って頂くことになっています。いなくなると私が困ります』
『で、でも、こいつ柚鈴を泣かせたんだよっ!』
美月はそう言って、畳の上に座り込んだままの柚鈴を指さした。
鈴香はそんな柚鈴を見て、小さく溜め息をついた。
『柚鈴……いつまで泣いているの?もういいから部屋へ戻りなさい』
『えっく……ひっく……うくっ……』
柚鈴は泣きじゃくりながらこくりと頷くと、とぼとぼと廊下へと出ていってしまった。
『少々軽率でしたかね?』
事情を聞いていたのに、うっかりと声をかけてしまったのが失敗だった。悠志郎が自戒を込めて呟くと、
『軽率とかそんな問題じゃないわよ!』
美月が再び噛み付くように言った。
『父様も少しは考えるべきよ。柚鈴がいるのに外から人を呼ぶなんて間違ってるわ!』
『……およしなさい』
『姉様だってそう思ってるんでしょう!?』
『確かに……柚鈴のことを考えればそう思います』
美月の問いかけに、鈴香はちらりと悠志郎を見る。
『しかし、家長が決めたことですし、私だけで祭りの準備はできません。私たちには悠志郎さんが必要です』
『じゃあ柚鈴はどうなるのよっ!?それになにか間違いでもあったらどうするのさ!』
『……私はそんな節操なく女性を襲うケダモノではありませんよ』
『やかましいっ!あんたは黙ってなさいよっ!』
ピシャリと一喝されて、悠志郎は肩をすくめた。やはり、ここは下手に口を挟まない方がいいだろう。
『おやめなさい。それがお客様に対する口のきき方ですか』
『だってっ!!』
『すみません、お恥ずかしい所をお見せして……愚妹の非礼お許しください』
鈴香は悠志郎に対して、軽く頭を下げた。
『な……姉さまっ!!こいつどうするつもりなのっ?』
『お客様に対して、こいつ、とはどういうことです?』
『だ、だってっ……えっと……』
美月は恨めしそうに悠志郎を見つめた。
考えてみれば彼女とまともに話すのはこれが初めてだ。
悠志郎は鈴香から名前を聞かされていたが、互いに名乗りあってはいないのだ。
『嘉神悠志郎です……悠志郎でかまいませんよ』
『ゆ、悠志郎をどうする気なのっ?』
『当然いてもらいます。だから美月、今後二度と失礼のないように』
『そ、そんなぁ!!』
鈴香に断言されて、美月は不満げな声を上げた。
『それよりも美月、時間はいいのかしら?午後の授業が始まるまでもう時間がないわね』
『ええっ!?わわわわわっ!寝過ごしたぁっ!』
『私が学校に呼び出されることがあったら、承知しませんから』
『わ、分かってるよっ、行って来ますっ!』
美月は慌てて身繕いをすると、ドタバタと居間から飛び出して行く。
切羽詰まった状態だというのに、悠志郎の横を通る時にはしっかりと足を踏んづけていくあたり、これから先も一筋縄ではいかないことを物語っていた。
『ぐっ……大変素直なよい娘ですね』
『帰って来たらきつく叱っておきますので、私に免じてこの場はお納めください』
鈴香は申し訳なさそうに軽く俯いた。
その姿を見て、ふと緊張が緩むと同時に、悠志郎は何故ここに来たのかを思い出した。
『そうだ……すみません、あの……』
『はい……?』
『べ、便所は何処でしょうかね?』