『月陽炎~真章・銀恋歌~』-50
51 『けがれし大いなる力を今その扉へ誘い、永遠の旅路へ誘い給うこと願わん!』
空気を震わせるような甲高い音が響き、美月の姿が徐々に掻き消えていく。
『我が名は有馬柚鈴!神威を名乗る者也!』
柚鈴の言葉が終わると同時に、琥珀色の光が辺りを包み込んだ。
まばゆい光は朝日にも負けないほど綺麗で美しく、悠志郎は泣くことも忘れて、琥珀から溢れ続ける光の奔流を見つめ続けた。
やがて……その光が収まった時。
美月の姿は既になく、琥珀の首飾りだけが淡い光をその中に湛えていた。
『ずっと……いっしょだよっ……美月っ……』
悲しい笑みを浮かべた柚鈴の瞳から、そっと涙が零れ落ちていった。
一哉が亡くなり、葉桐と美月も消えた。
この有馬神社で起こった事件を、警察は猟奇殺人事件と結びつけて調べを進めていたようだが、決定的な証拠はなにひとつ見つからなかったようだ。
……被害者たちには申し訳ないが、真相は永遠に謎のままにしておく方がいい。
そんな悠志郎たちの思いが聞き届けられるかのように、その後なにひとつ進展しないまま、捜査は打ち切られることになった。
二度も失踪事件の起こった有馬神社に対して世間にはあらぬ風聞が流布し、しばらくは双葉以外の者が神社を訪れることはなかった。
ふたりだけになってしまった神社を放っておくこともできず、悠志郎はそのまま居残ることになった。
事件から数ヶ月後には柚鈴と祝言を挙げ、新しい有馬神社の神主として残された姉妹を守ることに心を砕いた。
世襲を済ませると、慌ただしい日々が始まった。誰もが悲しみを忘れようと身を粉にして働いた。
妻となった柚鈴と、義姉となった鈴香。
共に泣いて笑って、同じ時を過ごして……。
あれから、二年が経とうとしていた……。
夜半過ぎ……。
窓から差し込む月明りで、悠志郎はふと目を覚ました。
前日は例年のように秋祭りの準備で忙しく立ちまわっていたために、身体の方はかなり疲労しているはずだ。
この数日間も、一度寝ると柚鈴に起こされるまで熟睡するという日々が続いている。
なのに……何故か、目が覚めてしまった。
隣の布団に視線を向けると、寝ているはずの柚鈴の姿がなかった。
障子は開いており、そこから冷たくなりつつある夜風が流れ込んで来る。
その夜風に乗って、話し声が聞こえてきた。
柚鈴と、鈴香と……そして……。
悠志郎は布団はね除け、縁側の廊下へと出た。
『あ、悠志郎さん』
『まだ夜明け前ですよ?』
部屋から出てきた悠志郎に気付いて、柚鈴と鈴香が同時に声を掛けてきた。
こんな夜中だというのに、ふたりは縁側に腰を掛けて話をしていたようだ。
『つい目が冴えましてね。それより……もうひとりここにいませんでしたか?』
悠志郎の言葉に、ふたりは顔を見合わせるとくすくす笑い合う。
『確かに聞こえたんですよ……阿保っぽい笑い声が』
『ふか〜〜っ!誰が阿保だぁっ!』
鼻柱に軽い痛みを感じると同時に、耳元から懐かしく感じる威勢のいい声が聞こえてきた。
思わず身体を引くと、そこには悠志郎の鼻を「蹴り上げた」人物がいた。
『美月……っ!?』
手のひらに乗るほどの大きさしかないが、確かに美月だ。
彼女は軽々と宙を舞いながら、柚鈴の背後にサッと身を隠す。
『はははっ、やっぱり美月だっ』
『う、ううっ……やっぱり笑ったぁ!だからこんな姿見られたくなかったのにっ』
小さな美月は、もそもそと柚鈴の肩の辺りまて這い上がると膨れっ面を見せた。
信じられないという表情を浮かべる悠志郎に、
『ふふふ……随分と可愛らしくなったでしょう?』
鈴香が笑みを浮かべながら言った。
『でも、どうしてこんなことが……?』
『ちゃんと封印はされてるみたいなんだけどね……』
柚鈴は手のひらに美月を乗せて、そっと悠志郎の前に差し出す。
膨れっ面だった美月は、照れたような上目遣いで悠志郎を見上げた。
『なんか……さ、柚鈴の首飾りの中で、ずっと外の様子を見てたんだよね。もう……みんなと一緒にいられないと思ったら寂しかったんだけど……そうしたら、急に目の前に母様が現れて……』
『葉桐さんが?』
『うん……泣かないでって。そして……気がついたら、いつの間にかこんな姿で外にいたってわけ』
葉桐はずっと娘である美月のことを気にしていたのだろう。
その身体が消え去った後も……ずっと。
『ははは……美月は、寂しがり屋ですからね』
『うーっ、だ、だってっ……』
小さくはなっても、その仕草や口調は以前と全く変わっていない。
あの時のままの美月を見つめているうちに、なんだか熱いものが込み上げて来るのが分かった。
『美月……』
悠志郎は小さな美月に向かって語りかける。
『……お帰り』
『え、えへへ……た、ただいま……っ』
柚鈴は膝に乗せた美月の髪を何度もそっと撫でて微笑みながら、いつしか頬を再会の涙で濡らし続けている。
琥珀色をしていた首飾りは、以前とはまた違った光を湛えながら、柚鈴の胸を淡く照らし出していた。
月陽炎~真章・銀恋歌~
【終】