『月陽炎~真章・銀恋歌~』-48
49 『葉桐……さん……』
まだ温もりの残る葉桐の身体は徐々に透き通っていき……やがて、その姿を完全に消し去った。
それまで動くことのできなかった悠志郎は、ようやく自由を取り戻した。
『さよなら……葉桐さん。あなたが美月のために全てを賭けたように……私もまた柚鈴のために全てを賭けているのです』
袂で滲んだ涙を拭うと、悠志郎は霊刀についた血糊を払って鞘に収めた。
まだ全ては終わっていないのだ。
『柚鈴っ……今行くっ!』
悠志郎はそう呟くと、柚鈴の悲鳴が聞こえた方へ向けて全力で駆け出していた。
『柚鈴!何処ですかっ!?』
悠志郎は森を駆けながら、精一杯声を張り上げて柚鈴を呼んだ。
だが、返事はどこからもなく……辺りを見まわしても、ふたりの姿はない。
……遅かったのか!?
悠志郎は頭に浮かんだ最悪の結果を振り払うように首を振った。
……と、その時。
右手の方に、ほんのりと琥珀色をした淡い光が漏れていることに気付く。慌てて駆け寄ると、その淡い光の中に……ふたりはいた。
眠るように寄り添うふたりの前には、琥珀の首飾りが暖かな光を灯しながら宙に浮かんでいる。
まるで柚鈴と美月を癒し、包み込むかのように……。
『悠志郎さん……』
近付くと、柚鈴がそっと目を開いて微笑んだ。
『よかった……無事だったのですね』
『酷いな悠志郎。あたしのことは呼んでくれないわけ?』
隣では唇を尖らせた美月が、不満げな表情で悠志郎を見つめている。
その様子を見る限り、いつもの美月と何ら変わるところはなかった。
『美月……覚醒……したんですか……?』
『覚醒?なんかよく分からないけど、この首飾りのおかげで目が覚めて……気がついたらここにいたってわけ。あたし、どうなっちゃってるのかな?』
……覚醒の失敗は死を意味する。
思わず息を飲んだ悠志郎を余所に、ふたりは目の前の首飾りを不思議そうに眺めた。
『この首飾り……光ってるんだよ。それに浮いてるしさ』
『うん、不思議。これ……母様の形見なんだって』
柚鈴の言葉を聞いて、悠志郎は光を放つ首飾りを改めて見つめた。
葉桐が命を賭けて美月を守ろうとしたように、柚鈴の母…沙久耶も自分の娘を守ったのだろう。
『それにしても、一時は美月がどうなっちゃうかと思ったんだけど』
『うん……意識がなかったとはいえ、ごめんね。変なことしようとして……』
『ううん、いいよ。それより美月がまた元気になってよかったよ』
首飾りを囲み、ふたりはいつものように笑い合う。
そんな当たり前のように見ていた光景が、悠志郎にはなんだか悲しく見えた。
柚鈴が無事で嬉しいはずなのに……美月の笑顔をこうして見ることができたのに……。
涙が止まらなかった。
『ど、どうしたのさ。なんで悠志郎……泣いてるの?』
『きゃ……その血はどうしたんですかっ!それに……姉様の刀……』
ふたりは何も知らない。
悠志郎は彼女たちに真実を告げなければならないのだ。
美月が堕ち神の一族で覚醒に失敗したこと、葉桐をこの手にかけたこと、呪われた血筋がもたらした出来事の全てを……。
山間の向こうが微かに白み始めている。
日の出まで、あまり時間はない。
『ねぇ……どうしちゃったの悠志郎?何がそんなに悲しいの?』
『悠志郎さん……本当に……どうしちゃったんですか?』
森の切れ間に見える月は、涙で陽炎のように揺らいでいた。
『美月……柚鈴……』
覚悟を決めた悠志郎は、ふたりを見つめて静かに言った。
『落ち着いて……聞いてください』
悠志郎は柚鈴と美月に、悲しい堕ち神の伝説と、それに纏わる悲しい運命を背負った母と娘の真実を抑揚のない声で語った。
ふたりは沈痛な面持ちで俯き……時折、涙を見せながらもジッと聞いている。
『美月……』
話の最後に、悠志郎は言いたくなかった言葉を告げねばならなかった。
『覚醒できなかったあなたは……日の出と共に……消えて……なくなります……』
『そう……なんだ……』
美月はまるで他人事のように呟くと、そっと顔を伏せた。
『み、美月……ねぇっ……悠志郎さんっ……嘘……ですよねっ……?』
柚鈴は美月の袖をしっかりと握りしめたまま、悠志郎に否定の言葉を求める。
悠志郎はその涙に揺れる瞳で見つめられることに耐えきれなくなり、目を逸らして俯いた。
『そっか……消えちゃうんだ。なぁんか変な身体だって思ってたけど……あはっ……あたしって人間じゃなかったんだね』
美月は軽い口調で言うと、月明りに揺らぐ夜空を見上げる。