『月陽炎~真章・銀恋歌~』-46
47 『柚鈴の元へ急げ……悠志郎。お前には分かるはずだ……』
『分かりませんよっ!』
真に対する嫌悪感もあって、悠志郎は吐き捨てるように言った。
簡単に分かるのならば、こんな苦労などしないのだ。
とっくに柚鈴の元へと駆け付けている。
『感じるのだ……お前と……柚鈴は……ひとつの……神威の魂を……分かった者同士……い、急げ……っ……夜が明ければ……柚鈴は……』
『真……!?』
『……私の……罪を……許せ……悠志郎……』
その言葉を最後に、悠志郎の手を握る真の手からゆっくりと力が抜けていき……やがてぱたりと地面に落ちた。
悲しげに開いたまま動かなくなった瞳。
悠志郎は目蓋にそっと手を当てて閉じてやる。
過去にこの男が何をやったのか……。
幼子であった悠志郎に神威の力を与え、鈴香の母、沙久耶を犯してまで堕ち神を滅ぼす子を手に入れようとした。
いくら堕ち神が憎いといっても、そのために柚鈴の人生を犠牲にするような権利などありはしないのだ。
悠志郎は真を気の毒には思うが、とても許す気にはなれなかった。
……だが、真の言った言葉だけは信じてみようと思う。
自分にどれほどの力があるのか分からないが、柚鈴に危機が迫っているというのなら、その全てを使って柚鈴を守ろうと。
美月を……殺すか……封ずるか……。
……その場にならなければ決断はできないが、柚鈴だけは守り抜く!
悠志郎は目を閉じると、大きく息を吸い込んだ。
真はこの身体が目覚めているのなら、柚鈴の居場所は分かると言っていた。
『柚鈴……柚鈴っ……!』
祈るように呟きながら、悠志郎は柚鈴を感じようと意識を集中させる。
刹那……。
『悠志郎さぁぁん!』
『……っ!?』
見えたっ!
広い森の中で助けを求める柚鈴の姿。
明確な映像として浮かび上がったわけではないが、悠志郎には彼女が何処にいるのかを感じることができた。
方角を見定めると、悠志郎は身体を弓のようにしならせ、矢のように森を駆ける。
人間とは思えないほどの速度だ。
ちらりと足元を垣間見れば、踏み締めた足元で大きく風が巻きあがり、枯れ葉が吹き飛んで行くのが分かった。
辺りの景色は溶けたように歪むが、行くべき方向だけは悠志郎の眼前に鮮明に浮かび上がっている。
張り出した木々の枝を紙一重で避けながら、森を駆け、獣道をひたすら柚鈴の声が響く方向へと突き進んだ。
やがてその気配が徐々に近付き始めた時。
『……っ!?』
視界の先に人影が見えた。
悠志郎は足を踏ん張り、殺しきれない勢いに枯れ葉を派手に吹き飛ばしながら人影へと近付いて行った。
速力を完全に落とした後は、ゆっくりと間合いを詰めていく。
やがて……青白い月光が、端麗な顔立ちをした人影を美しく照らし出した。
『父と……会ったのですね?』
哀しい笑顔が悠志郎を迎えた。
『葉桐……さん……』
頬や服に血糊を付けたままの姿は、凄惨というよりむしろ神々しく見える。
全てに疲れ切ったという表情を浮かべながらも、彼女はまるで悠志郎の行く手を阻むかのように、じっと小径の真ん中に立ちつくしていた。
『何もかも知ってしまった……そんな顔ですね』
『いえ、まだ色々と伺いたいことは沢山ありますが……』
悠志郎は葉桐に向かって、ずいっと一歩踏み出した。
『今はそこを退いて頂けませんか?この先で柚鈴が待ってる』
『それはできません。夜が明けるまで……あなたを先に進ませるわけにはいかないのです』
『夜が明ければ……柚鈴は殺されてしまうかもしれないのに?あんなに可愛がっていた娘を見殺しにするのですか!?』
『柚鈴は……私の本当の子供のように、乳飲み子の頃からずっと一緒に暮らして来たのです』
悠志郎の言葉に、葉桐は唇を噛んだ。
彼女が好んで柚鈴を犠牲にしようとしているのではない。
その想いだけは伝わってきたが、このまま何もせずにいるのであれば同じことだ。
『堕ち神の……血ですか……?』
葉桐は悠志郎の問いに深く俯き、そして悲しみを湛えた瞳で見つめ返した。
『だから……だから柚鈴を部屋に入れるなと言ったのです。覚醒が近い美月の側に、歳の近い女の子がいれば……あの子は最後の生贄として柚鈴を選んでしまうから……』
その声は今にも泣きそうなほどに震えている。
生まれ持った宿命の中で、葉桐はできうる限りのことをして娘たちを守ろうとしたのだ。
『だから……美月の具合が悪くなる度に、柚鈴を襲わないように人様の子をさらい……美月に……血を与えていたのです』
『では、一連の猟奇殺人事件の犯人は……!?』
『……私です』
葉桐の呟くような告白に、悠志郎は愕然となった。