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『月陽炎~真章・銀恋歌~』
【二次創作 官能小説】

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『月陽炎~真章・銀恋歌~』-44

45 玄関まで続いていた血痕は、その後も途切れることなく点々と境内を越えて裏山の方へと続いている。

他に手掛かりがない以上、これを辿るしかないだろう。

幸いなことに、今夜の月は格別目映く辺りを照らしているので、明かりがなくとも十分に追跡はできる。

刀を腰に結わえると、悠志郎は急いでその後を追い始めた。

境内から続く血痕を辿り森へ入る。

この間までは怖くて柚鈴にしがみついていたというのに、やはり今では全く恐怖を感じない。
それどころか、こうして森の中を駆けていると次第に心が落ち着いてくるかのようだ。

冷静になるにつれて、徐々に思考力も回復してくる。

悠志郎はこの件を最初から思い出して、いくつか妙な点があることに気付いた。

まず、この血痕……。

廊下に落ちている血痕は、一哉の返り血を浴びた犯人が滴らせたものだと勝手に思い込んでいたのだが、量から考えるとそれは逆ではないだろうか?

これは手傷を負った犯人が屋敷に侵入し、一哉を殺したと考える方が自然だ。

だが……それでは、犯人は一体誰に傷付けられたのだ?

それに不審な点はまだある。

柚鈴と美月がいくら小柄で軽いとはいえ、これだけの出血を強いられている状態でふたりを連れ出すのは不可能だろう。

第一、美月の部屋には血痕は落ちていなかったはずだ。

だとしたら……。


めまぐるしく頭を回転させながら森の中を疾走していた悠志郎の視界に、ふと白いものが入った。

足を止めて拾い上げてみると、それは上質な和紙で作られた封書であった。

宛名に目を走らせた途端、悠志郎の胸がどきりと高鳴る。


【有馬葉桐殿】


医者に行くと屋敷を出た時の葉桐は、確か手に白い封筒を持っていたはずだ。

あの時は処方箋(しょほうせん)だと思っていたのだが……。

悠志郎は急いで封を開いた。
葉桐宛に来た手紙を見るのは礼儀に反することだが、今はそんなことに構っている場合ではない。


【本日深夜境内の森。主と別れたあの場所にて再会願う者也】

短い文の最後には、父……と書いて締め括ってある。


……父?


葉桐に父親の話は聞いたことはないが、何故親子が深夜の森の中で会う必要がある?

ともあれ、ずっと姿の見えなかった葉桐がなんらかの形で事件の渦中にいることは間違いないようだ。

全ての謎を解くために、悠志郎は再び血痕を辿って森の中を走り出した。


血痕は暗い森の中だというのにはっきりと、克明に浮き上がって見える。
それどころか全力で駆けているというのに、獣道の起伏や落ちた紅葉の模様さえ分かる。

……私の身体は一体どうしてしまったのだろう。

悠志郎は普段よりもずっと速い速度で走り続けている自分に驚いていた。

呼吸は全く乱れない。
これは夢の中で聞かされた「目覚め」と関係があるとしか思えなかった。

……神威の……力。

夢の中で声が語った言葉が思い出され、悠志郎は慌てて振り払うように頭を振った。

今は余計なことを考えている場合ではない。
一刻も早く、柚鈴たちを見つけ出すのが先決なのだ。


『……っ!?』


追い続けていた血痕が急に途切れ、悠志郎は慌てて足を止めた。

犯人はどうやらここで深手を負ったらしく、一際激しい血飛沫(ちしぶき)が飛んでいる。

顔を上げてみると、辺りの森は惨憺たる有様であった。

木は倒れ、枝は折れ、葉は飛び散り、残った木々のあちらこちらに焼け焦げた跡がある。

……ここで何が起こったんだ?

火器を使った戦闘でもこうはならないだろう。
第一、太い樹木を刀で切ったように切断するなど、とても人間業とは思えない。

この文明開花の世の中……化学が迷信を追いやろうというご時世なのに、悠志郎の持っている知識ではどうしても説明がつかなかった。

まるで神々が舞い降り、その力を振るったとしか思えない。


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