『月陽炎~真章・銀恋歌~』-37
38 『誰も保証はしてくれないでしょう。ですが、父は私を子として見てくれている……それで十分です』
『そうか……』
真は微かに頷いたようだった。
その言葉は、何処か寂しげにも聞こえる。
『では、お前の……父は達者でいるか……?』
『ええ……』
悠志郎が頷くと、真は今度は何処か満足そうに頷いた。
もっとも、その表情は笠に隠れて伺い知ることができないので、そう感じただけかもしれない。
『柚鈴よ……』
真は柚鈴にふと向き直る。
『ひっ……やっ……やぁぁっ…ち、近付かないでっ』
『柚鈴、触れさせてはくれぬか?』
『いやぁ!いやっ……いやぁぁっ!』
『ゆ、柚鈴っ!?』
真がほんの数歩近付いただけで、柚鈴はかくんと悠志郎の胸に倒れ込むようにして気を失ってしまった。
『はは……これはまた随分と嫌われたものだ……』
真は自嘲気味に笑いながら、何処か悲しそうな口ぶりでそう漏らした。
『が……仕方あるまいか……随分と酷いことをしてしまったからな……』
悠志郎は柚鈴の口元に手を当て、息をしていることを確かめると、真の方へ真っ向から向き直った。
この人物は何者なのか?柚鈴がどうしてこんなに脅えるのか?
夜の帳(とばり)の降りた森の中に潜んでいること自体が怪しいが、この男は悠志郎の父のことすら知っているような素振りだ。
いつの間にか暗闇に対する恐怖は何処かへ消え去り、代わりにこの男への興味が少なからず沸いていることに気付く。
『……真さん、と言いましたね?あなたは、まだ私の問いに答えていない。あなたは一体何者なのですか?私たちの父……?どうも意味がよく分からない。あなたの目的……そして何故私たちの前にこうして現れたのかを伺いたい』
一度に質問をし過ぎのような気もしたが、それほど真の存在は謎だらけなのだ。
他にも訊きたいことは山ほどある。
『時間が許す限りは答えてやろう。今の柚鈴の絶叫を聞き漏らすほど、自警団も間抜けではなかろうて……』
真は乾いた声で笑った。
『あなたが……連続猟奇殺人事件の犯人……?』
『その答えは否だ。このような格好をしているのは、人目にこの顔を晒したくないからだ。僧形の者には、あまり人は関心を持たぬものだからな』
さあ、質問はひとつずつだ……と、真は笑う。
否定はしたが、この人物が事件の犯人でないという確証はない。
できることなら捕縛すべきなのだが、頭や身体の痺れが完全に取れない以上、それは不可能であった。
ならば、せめてこの男の正体を知りたかった。
『承知した。では……まず、あなたは何者なのですか?』
『有馬の血を引く宮司……だった。今では過去の過ちを清算することだけが生きがいの、汚れた爺さ』
『有馬の血を引く?』
『そうだ。私はあの境内で妻をめとり、子を授かった。この地に災いがないように、物の怪が出れば人目につかぬうちに退治する……そんな神職者だった』
有馬の血筋の者……だとすれば、一哉の先代の宮司と言うことになる。
悠志郎は、ふと鈴香から聞いた昔話を思い出した。
『では……失踪したという……』
『ほう、よく知っているな。だが……この辺りでは有名か。一夜にして境内の人間が、姪(めい)の沙久耶を残して全員失踪したのだから』
『何故失踪したのです?』
『……なにもかも、失ったからだよ』
真は嘆息するように息を吐いた。
『神道はけがれを嫌う。故に境内はいつも清潔に保つことが義務づけられる。分かるな?』
『え、ええ……』
悠志郎とて神社で育ち、神宮を志しているのだ。その程度のことは、わざわざ真のような得体の知れない男から聞かされるまでもない。
『私は神の道を尊ぶべく生まれ、育てられた。なのに……めとった妻が……実は堕ち神の末裔だったとしたら……?』
『……堕ち神?』
『いや、よそう……今更言っても詮ないことだ』
真は口元を歪めるように、微かに笑みを浮かべる。
堕ち神とやらがどういう意味なのか分からなかったが、それ以上重ねて質問しても答えるとは思えなかった。
『あなたの目的は?』
『自らの過去の過ちを清算するため、堕ち神を討ち滅ぼすことだ』
どうも言葉の意味が抽象的すぎて理解できない。そんな悠志郎の表情を見取ったのか、真は低い声で言う。
『……いずれ分かる時が来る。それがお前の運命だ。私の目的は……お前に会うことでもあったのだ。そして目的は達せられた』
『私に……会う?』
『そうだ。まさかお前がこの地に戻って来ているとは思わなかったが……ははは……まさに宿命の因果律の糸か……』
『謎解き遊びに付き合う余裕はないんですよっ』
悠志郎は言葉を荒げた。曖昧な言葉ばかり並べる真に、悠志郎は苛立ちを感じ始めていた。