『月陽炎~真章・銀恋歌~』-35
36 結成された自警団は、一晩を数組交代で見まわるのが基本とされた。
鈴香を経由して手渡された地図によると、悠志郎たちの担当は境内周辺の森の中だ。
せめて街中ならまだしも、よりによって森の中とは……。
柚鈴とずっと一緒にいられるのはよいが、やはりどうも気が進まない。
だが、今更やめるわけにもいかず、決められた時間になると悠志郎は柚鈴に連れられて森の中へと入った。
いつもは涼しげに聞こえる虫の音も、秋の夜長に鳴く梟(ふくろう)の声も、なにもかもが不気味に聞こえてしまう。
ゆっくりと歩く獣道。
枯れ枝を踏む音に小さく悲鳴を上げ、柚鈴に抱き付いてしまう自分が情けなかった。
懐中時計を見れば、出立から十分も経っていない。
万事この調子なので、さしもの柚鈴も半ば呆れ顔だった。
『もう……悠志郎さん……そんなにくっつかれたら歩きづらいです』
『い、いやはや……しかしですねぇ』
『しっかりしてください。ちゃんと明かりもあるんですから』
柚鈴はそう言って「自警団」と書かれた懐中電灯を揚げて見せた。
だが、こんなものでは、何かの拍子に電池が消えればそれっきりだ。
暗闇の中に放り出されてしまう。
『いや……しかしです……しかしですねぇ』
『もう……じゃあ、手を握っててあげますから。少しは我慢して慣れてくださいね』
柚鈴に手を引かれながら、悠志郎は怖々と歩みを進めた。
とても怪しげな人影を見つける余裕などはない。これでは夜回りをしている意味が全くないだろう。
ただの肝試しである。
『あっ……』
『ど、どうしました……?あまり不安げな声は出さないでくださいよ』
不意に立ち止まった柚鈴に、悠志郎はビクビクと問い掛けた。
『ごめんなさい……でも……いえ、きっと気のせいです……』
『で、ですよね。さっさと終わらせて帰りましょう』
『そう……ですよね。そうしましょう。さ、こっちです』
柚鈴に手を引かれた悠志郎は、その一歩後ろを落ち葉を踏みしめながらなんとかついて行く。
だが、予定の行程の半ばを過ぎた時。
『や……やっぱり……なんか嫌な感じ……誰かに……見られてるような……』
急に立ち止まった柚鈴が、そう言って辺りを照らし出した。
『わわわわっ!お、恐ろしいこと言わないでくださいよぉっ!』
『だ……だって……悠志郎さん……感じませんかっ?』
『そんな恐ろしげなもの感じたくもありませんっ!気のせいです気のせい!』
悠志郎は柚鈴の肩をぐいぐい押して、先へ先へと進ませる。
柚鈴は不安げに、あちらこちらを見渡しながらも歩みを進めていった。
『悠志郎さん……本当に何も感じませんか……?』
『後生です……柚鈴、こんなところで脅すのは止めてくださいっ』
『すごく……嫌な感じがします……つい最近にも感じたことのあるような……』
繋いだ柚鈴の手にぎゅっと力が入る。
……怖い……怖がる……つい最近……柚鈴が……?
あ……。
悠志郎にはひとつだけ心当たりがあった。
しかし、今こんな場所で柚鈴に伝えてよいものだろうか……?
『や、やぁっ……すごく……すごく……なんかやだぁ……』
不意に、柚鈴の身体が小さく小刻みに震えはじめた。
声も震え、今にも泣き出しそうだ。
な、なんだ……なにが起こっている……?
勇気の源である柚鈴がぶるぶると震え出してしまった以上、自力でその原因を見つけなければ帰ることもおぼつかないだろう。
仕方なく後ろから柚鈴を抱き留めながら、悠志郎は彼女が手にしている懐中電灯で、ゆっくりと周囲を照らし出していく。
『……やだ…やだ……この感じなんだか……いやっ……』
『ゆ、柚鈴……落ち着いて……落ち着いて……』
悠志郎は自分に言い聞かせるように囁いた。
柚鈴は物の怪の類に驚いたりはしない。
とすれば、きっと別の何かだ。
この世に存在するものであるなら恐くなどないのだ……と。
小さく震える柚鈴の身体をもう一度強く抱きしめると、不思議と心に勇気が沸いて来る様な気がした。