『月陽炎~真章・銀恋歌~』-34
35 『いやはや、お手数かけました……』
『ふふふ……なんだか、妬けちゃうなぁ……妹に先越されちゃうなんて』
鈴香は自嘲気味に言ったが、笑顔を絶やさずにいればすぐにでもいい人は見つかりそうなものだ。
悠志郎はすっかり棘の取れた鈴香を見てそう感じていた。
『あ、そうそう……実はお話があるんでした』
鈴香は思い出したように、ポンと手を打つ。
どうやら、本来はその話をするためにやってきたようで、不意に表情を引き締めると真面目な口調で言った。
『……最近この辺りで猟奇的な殺人事件が起きているのはご存知ですよね?』
『ええ、存じておりますが』
悠志郎は、一週間ほど前に訪ねてきた刑事たちのことを思い起こしながら頷いた。
あれから姿を見せないところをみると、どうやら捜査の方は進んでいないのだろう。
『そこで警察の他にも自警団が動き、あちらこちらで見まわりをしています。勿論私たちも参加しなければならないのですが……』
『お断りします』
鈴香が最後まで言い終わらないうちに、悠志郎は断言するように言い放った。
『……まだ最後まで話をしていないのですが?』
『夜回りをしろと言うのでしょう?』
『その通りですけど……』
『嫌です。駄目です。絶対行きません』
『そんなに力一杯否定しなくても……』
鈴香は呆れたような表情を浮かべる。
自分の弱みをさらけ出すようで気が引けたが、ここはやはり説明しておかなければならないだろう。
悠志郎は仕方なく、暗い所などが苦手なことを白状した。
『恐いって……大の男が?』
鈴香は信じられない、という顔をしたが、どう思われようと恐いものは恐いのだ。
しかも夜の山の中を見まわるなど絶対に無理である。
『でも……被害者はすべて女性です。私や美月が行くのは危ないでしょう?』
『そう言われましても……』
悠志郎が困り果てて俯いた時、柚鈴がくいくいと袖を引いた。
『私が一緒に行きますから』
『柚鈴!?』
『いけません、危ないじゃないですかっ!』
柚鈴の突飛な提案に、悠志郎と鈴香は声を揃えて異を唱えた。
だが、柚鈴はけろりとした顔をしている。
『悠志郎さんは暗いのダメですけど、私は大丈夫です。側で励ましてあげますから』
『しかしですね……』
『ふたりなら平気ですよ。それに悠志郎さん強いですから、悪い人が出ても平気です』
そう言われてしまっては返す言葉がなかった。
元々、悠志郎が苦手なのは暗闇や得体の知れない霊の類なのであって、相手が人間なら殺人犯だろうと平気である。
それに……鈴香や美月を行かせるのが危険な以上、他に方法はない。
柚鈴ひとりなら守りきれるだろうし、暗闇を克服するにはよい機会かもしれなかった。
悠志郎は柚鈴付きで……という条件でなら引き受けてもよいと言った。
『はぁ……分かりました。その条件を飲みます』
鈴香は溜め息をつきながら頷いた。
『ただし、悠志郎さん』
『はい』
鈴香の口調が急に真剣なものへと変わった。
射貫くように真っ直ぐ悠志郎の目を見つめ、冷たく重い声色で言葉を紡ぐ。
『柚鈴に何かあったら、その時は覚悟してください。そのつもりで臨んでください』
『こ、心得ています』
……もしかしたら幽霊より恐いかもしれない。
悠志郎は鈴香に対して、ガクガクと頷いて見せた。