『月陽炎~真章・銀恋歌~』-27
28 翌日の社務所……。
祭りの残務処理が始まったが、悠志郎の心は上の空だった。
仕事どころではない。
隣を見ると、勉学の場所を自分の部屋から社務所へと移した柚鈴が微笑んでいるのだ。
『えへ……』
目が合うと、柚鈴は嬉しそうに目を細める。
負けじと微笑み返した悠志郎は、ふと初恋の頃の甘酸っぱい感情を思い出した。
ただ笑い合う。
それだけで幸せだった。
ただ、その頃と違うのは、柚鈴との間には暖かな絆があるということだ。
この残務処理が終われば悠志郎のここでの仕事は終わってしまう。
だが、もう柚鈴と離れることなんて考えられなかった。
『……さん』
一哉は悠志郎に鈴香を結婚相手にどうかと訊いていた。
確かに一哉の娘はもらうつもりでいるが、その相手が柚鈴だと知ったら彼はどんな顔をするのだろう。
『悠志郎さん!』
ぽんやりと他事を考えていた悠志郎の耳元で、鈴香が大きな声を上げた。
『わわっ!な、なんですかっ!!』
『はぁ……』
鈴香は大きな溜め息をつくと、社務所の畳の上に正座した。
『ふたりとも……ちょっと、お座りなさい』
『はっ、はいっ!』
既に座っていますが……という言葉は飲み込んで、悠志郎と柚鈴は鈴香の方へ向き直ると姿勢を正した。
『いいですか?ふたりの間に……その……あの……何があったかは敢えて問いません』
鈴香は少し顔を赤らめながら言った。
柚鈴を抱いたことを別に隠すつもりはなかったが、やはり相手は嫁入り前の娘なのだ。
誰かの前で露骨な行動だけは取らないようにしていたつもりである。
だが……ふたりの様子から、やはり察しはついたのだろう。
『ですが……悠志郎さん』
『はっ、はいっ……』
鈴香は真面目な表情で、正面から悠志郎を見つめる。
『責任はきちんと取るのでしょうね?』
……その責任というのが何を意味しているのかは明らかだ。
もっとも、悠志郎は既にその覚悟を決めている。
婿入りせよと言われれば、実家のこともあるから少し考えなければならないが……。
『はい、そのつもりです』
『……随分とあっさり答えるんですね』
『ええ。やったことの責任を取れないほど子供じゃないつもりですよ』
『ゆ、悠志郎……さんっ』
柚鈴が嬉しさと恥ずかしさの入り交じった表情を浮かべた。
悠志郎の気持ちは嬉しいのだが、これでは姉の前でその手の行為をしたと白状しているようなものである。
『それを聞いて安心しました』
鈴香は悠志郎の言葉に優しい笑みを浮かべた。
『それではこの書類の束の整理と、支出と収支の確認宜しくお願い致します』
『は?』
『ぼーっとしてらしたので。その分頑張って働いて頂きませんと』
……やられた。これでは断ることなどできそうもない。
『は、はぁ……が、頑張ります……』
頑張るつもりではあるが……この量はないだろう。
膨大な書類の束を見つめながら、悠志郎は深い吐息を漏らした。
『ふふふ……ふたりでやれば、早いでしょう?一生懸命頑張ってくださいな』
『はぁ……』
『悠志郎さん』
がっくりと肩を落とした悠志郎を見て、
『柚鈴を……お願いします』
そう言うと、鈴香はくすりと笑いながら元の仕事に戻っていった。
そんな彼女の言葉に悠志郎は苦笑いするしかなかった。