『月陽炎~真章・銀恋歌~』-18
19 普段はさほどでもないが、こういう特別な場合にはその思いが吹き出してくるのだろう。
気持ちは分からないでもなかったが、それではあまりに大人げない。
『鈴香さん、思い出は大切にするものです……人の思いと同じにね』
悠志郎は鈴香の耳元でそっと囁いた。
鈴香はしばし押し黙ったままだったが、皆が心配そうに自分を覗き込んでいることを知って、やがてなにかを振り切るように口を開く。
『そう……ですね。分かりました』
わあっと歓声が上がる中、葉桐はホッとしたように笑みを浮かべた。
『……綺麗に撮ってくださいね?』
『はいはい。お任せあれ』
鈴香の言葉に頷きながら、葉桐は三脚を立てて写真機を固定すると、悠志郎を中心に集まってきた皆の写真を何枚か撮った。
『はい、おしまい。現像まで楽しみにしていてください』
葉桐はそう言って写真機を片付けようとしたが、悠志郎は慌ててそれを押しとどめた。
『今度は私が撮りますから、葉桐さんも入ってくださいよ』
『え……でも……』
葉桐はチラリと反応を窺うように鈴香を見た。
彼女は同意の言葉こそ口にしなかったが、別にそれほど嫌がっている様子もない。
『母さま〜。こっちこっち』
『一緒に撮ってもらおうよ』
『はいはい』
娘たちの声にほっとしたのか、葉桐は軽く微笑むと子供たちのいる方へ歩いていく。
『では、悠志郎さんお願いします』
『心得ました』
悠志郎も写真機の扱いについて詳しいわけではないが、焦点を合わせてボタンを押すということくらいは知っている。
焦点は葉桐が合わせたままなので、この場合はボタンを押すだけでいいはずだ。
『はいっ、母さまはここ』
『でも、真ん中よ……ここ』
中心に座らせようとする美月を、葉桐は戸惑うように見た。
『で、姉様はこっち』
柚鈴と双葉は鈴香を引っ張り出すと、葉桐と並ぶように座らせる。
その様子を見て、悠志郎はなるほど……とひそかに笑った。
あの娘たちも中々粋なことをする。
鈴香と葉桐の間にある隔たりを取り払おうとしているのだろう。
一緒に暮らしているのだから、ふたりの感情に気付いているはずだ。
柚鈴も美月も、それなりに心を痛めていたに違いない。
『はいっ、じゃあ……撮りますよ』
悠志郎が声を掛けると、三人娘は困惑したふたりをぐるりと取り囲み、寄り添うような姿勢をとった。
『ねえ……ふたりとも笑ってよっ。せっかくの思い出なんだから』
『うんっ。むすっとしてたら変だよ』
美月と柚鈴に言われ、鈴香は諦めたように苦笑を浮かべる。
『ふふふ……だそうですよ、お母様……?』
『そうね……ふふっ……笑わなくちゃね』
次第に心がほぐれつつあるのか、ふたりはそう言って笑い合った。
複雑な関係であることは間違いないが、同じ家で暮らす家族なのだ。
できることなら仲良く過ごしていきたい。
そう思う心は互いに同じなのだろう。
『はいっ、行きますよ〜。三、二、一、はいっ!』
三人娘に囲まれ、寄り添いながら笑みを浮かべるふたりを中心に、悠志郎は写真機のボタンを押した。