『月陽炎~真章・銀恋歌~』-11
『…何度か訊けば、思い出すこともあるかもしれないでしょう?』
『何度も同じことを繰り返し訊き、相手を怒らせてボロを出させる。誘導尋問は犯罪捜査ではよく使われる手ですが、それを女性に用いるのはあまり感心しませんね』
『誘導……尋問?』
悠志郎の言葉に、鈴香は刑事たちが自分に対して何を行っていたのかを知ったようだ。
顔を強張らせながら、キッとふたりの刑事を睨みつける。
さすがに若い刑事は鼻白んだような表情を浮かべた。
『ははは、あなたは神事よりも探偵に向いているかもしれませんね』
中年の刑事が場を和ませるように笑ったが、ここで同調してやる義務もない。
『すみません。まもなく夕食ですのでお引き取り願えませんかね?』
『……そうですね。退散することにしますよ』
悠志郎が突き放すように言うと、中年の刑事は肩をすくめて、くたびれた背広を羽織りなおした。この場は引く気になったらしい。
『あまり警察を甘く見るなよ……』
立ち去る間際に若い刑事が捨て台詞のように囁いたが、
『その台詞、犯人を逮捕してから聞かせてください』
悠志郎がしれっと答えると、さすがにそれ以上は何も言えず、ふたりの刑事は境内を抜けて鳥居の向こうに消えていった。
『はぁ……あなたという人は……』
男たちが立ち去ると、鈴香が全身の力を抜くように溜め息をついた。
『すみません。余計なお世話でしたか?』
『いえ……正直助かりましたけど……』
『ならよかった。口を出すなと怒鳴られたらどうしようかと』
『まぁ……私、怒鳴ったりしませんわ』
鈴香は心外そうに言う。
『おや、先程は喉元まで出かかってましたよ?』
『あっ……あれは……』
悠志郎の指摘に、鈴香は僅かに頬を染めた。
沈着冷静な人だと思っていたが、つき合ってみると意外に表情豊かなのかもしれない。
『しかし……嫌な事件ですね』
『ええ、美月にも気を付けるように言わないと』
鈴香はそう言って憂いた表情を浮かべた。
若い女性を狙った猟奇殺人。
こんなのどかな街で忌まわしい事件が起こっているなど、悠志郎には何だか信じられない気分であった。
翌朝。
目を覚ました悠志郎は、自分がどこにいるのか咄嗟に思い出せなかった。
見慣れぬ天井。
その天井を見上げているうちに、昨日、有馬神社へとやって来た記憶が徐々に意識の中に広がっていく。
枕元に置いた懐中時計で時間を確認すると、まだ五時半を過ぎたところだ。
起きるには少し早い気もしたが、来たばかりだというのに、いつまでも寝こけているわけにもいかないだろう。
悠志郎はいつもの着物に着替えて布団を片付けると、台所の水場を借りて顔を洗った。
まだ時間が早いので誰も起き出してくる様子はない。
廊下はひっそりと静まり返り、外から鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。
悠志郎は玄関から出て、朝の境内をぶらぶらと歩いてみることにした。
『んー』
外に出て大きく伸びをすると、僅かに残っていた眠気が吹き飛ぶかのようだ。
朝のひんやりとした空気を吸い込みながら、悠志郎は神社の背後にある山々に視線を向けてみた。
微かな朝霧に覆われていた山では紅葉が見頃を迎え、木々はせっせと風に葉を落として冬支度を急いでいる。
『おや……?』
昼間とは違った風景を楽しみながら境内の隅まで来た時、社務所の裏手から、随分と賑やかな鳥の声が聞こえてきた。
不審に思った悠志郎がそっと覗いてみると、そこには鳥たちに囲まれた柚鈴の姿があった。
『あははっ、一杯食べてね。昨日の残りだけど』
肩や両手に、そして頭にまで舞い降りた小鳥たち。
雀、鳩、四十雀あたりまでは分かるが、他にも数種の小鳥たちが戯れている。
悠志郎は、思わずその光景に見入ってしまった。
普通なら決して人間には近付きそうもない小鳥たちが、柚鈴の与えた餌を無防備についばんでいるのだ。
彼女の銀色の髪が朝日にきらきらと輝いている様子は、まるで美しい絵に描かれた無垢な天使のようであった。
そんな柚鈴を見て、悠志郎は胸の高鳴りを感じた。
『おはようございます、柚鈴さん』
『きゃっ……』
思わず掛けてしまった声に柚鈴が驚き、ビクリと身をすくませる。
途端、鳥たちは一斉に大空へと羽ばたいていった。
『あ……』
残念そうに空を見上げた柚鈴は、小さく溜め息をつくと、腰を上げながら悠志郎に苦笑いを浮かべてみせた。
『すみません、軽率でしたね』
『いえ……あの子たちには、いつでも会えるから……』
柚鈴はゆっくりと首を振る。
悠志郎は鳥たちが飛び去った方角を見ながら、無意識のうちに数歩だけ彼女に近付いた。