胸の感触-1
僕は約束を守るため、自分の検査が終わったにも関わらず、部屋に戻ることなく心電図検査室前のソファに座っていた。
アクシデントがきっかけとはいえ、初対面の男を相手に好意的な態度で接してくるとはどういう意図なんだろう。
多少の訝しさを感じながらも、病院という空間であるから美人局など身の危険に迫ることはないだろうとも思っていた。
それとも何かの勧誘なのか・・・
(まあ、やばそうだったらシカト決め込めばいいさ。何より、退院も近づいてくるし)
「あ!本当に待っててくれたんですね」
考え込んでいた僕の耳に、彼女の声が聞こえてきた。
「待ってろっていたのはそっちでしょ」
「ありがと」
会ってからまだ数分しか経っていないのに、何だか親密感を覚える会話に思えた。
「お茶でも飲んでく?」
ここの病院は、大学病院ほど大きくはないが、地元では最も規模が大きい病院だ。
看護師さんの話では、300人くらいまで入院できるらしい。
小さなカフェテリアっぽいスペースもあり、入院患者が見舞客などと面会するには最適な場所と言える。
「どうしよっかな」
彼女は迷った顔を見せる。
(なんだよ好意的かと思えば、今度は拒否るわけ!?)
「これから会社の人がお見舞いに来てくれるっていうんで・・・」
(ああ、そうゆうことか)
「ああ、そうなんだ。残念だな・・・」
会ったばかりで彼女に対する感情なんてほとんど無いに等しいけれど、カワイイ部類に入る若い女性なだけに、率直な気持ちを口にしてしまった。
「それじゃあ、明日にでも一緒に行きませんか?」
一呼吸おいて彼女はニッコリと言った。
「松葉杖の極意を教えてくれた先生の、折角のお誘いだから、お断りするのは失礼ですよね」
「いやぁ別に無理する必要はないけど。それに極意を教えたわけでもないし」
「そんなことないです。立派な極意ですよ。お蔭で少しはマシになったと思いません?」
少しお道化てみせる姿は、なんとも可愛らしかった。
「それに、入院しているとおしゃべりする機会が少なくて、ほんと退屈なんですよね。お話しするとしてもお爺ちゃんやお婆ちゃんばっかり」
それは言える。入院患者の多くは高齢者である。時々若い人もいるが、それでも40とか50代だ。
若者と言える人はほとんどいないのが、今のベッド状況である。
リハビリに移ってからはその状況はさらに顕著になる。若者は回復が早いだけに、早々に退院し自宅からの通院リハビリになるパターンが多い。
入院初日に仲良くなった30代の人は、このパターンで昨日退院していった。
「明日は日曜日だし、リハビリも午前中で終わるから午後はゆっくりできるでしょう」
この病院は、日曜日は外来診療が休みだ。
通院のリハビリもやっていないため、入院患者のリハビリが午前中から開始される。平日は午前中もリハビリを行っているが、午後が主なリハビリタイムだ。
ケイイチロウは初めての週末を迎えるが、もう2週間以上リハビリテーション病棟に入院している、同室(2人部屋)のお爺さんからそのことを聞いていた。
「そうだね確かに話題が噛み合わない人ばっかだしね。そっちが迷惑じゃなければ・・・」
「全然迷惑じゃないですよ。是非是非って感じです」
何だか怖いぐらいにトントン拍子にことが進んでいく。
入院する → 手術する → 病院内でカワイイ娘と出会う → 誘う → OK
安っすい三文小説でもこんなベタに話は進まない。
(ドッキリカメラじゃないよな!?)
入院する前は、エロエロナースがいて、深夜に病棟の片隅でSEXするなんていう妄想はしていたけれど、入院患者と仲良くなるなんてことは微塵も考えていなかった。
もしかしたら入院中にフェラぐらいはしてもらえるかも・・・なんて妄想がよぎった。
でも、彼女の顔を見るとそんなエロ行為とは程遠い、おとなしそうな顔。
(無いな)
「色々なお話は明日するとしても、自己紹介ぐらいはしておきませんか?」
確かに名前も知らない。いや、さっき呼び出しの時に、確か・・・
「志村絵美です。27歳でーす」
「へ!?27歳!!!」
「どうしたんですか?何かおかしなこと言いました」
「い、いや、もっとだいぶ若いと思っていたんで」
「おばさんで悪かったですね」
またブスっとした表情を作った。
「そ、そうじゃなくて、21、2ぐらいに見えたんで」
正直に答える。
「そうなんですよねー。いっつも幼く見られて。若く見られるのと幼く見られるのって全然違うんですよ。幼く見られると、扱いも幼い扱いされて。なんか馬鹿にされた感じなんですよね」
俺に対しても幼く扱っているという疑念の目で見つめてくる。
「いや、本当に若くて・・・その・・・」
「その・・・ってなんですか?ガキ臭いって言いたいんでしょ」
フーンとむくれて言い放つ。
(完全にこの娘のペースだな。相当男の扱いに手慣れてるんじゃねーの)
自然と男を惑わす雰囲気を醸し出す娘もいるが、わかった上でフリを入れてくる輩もいる。そういった女は相当の手練れだ。いいように扱われ、自分がドツボに嵌る。今までに何人も振り回されて泣きを見た男を知っている。
(このパターンはやばいパターンかもしれん。少し様子見ながら相手するか。でもちょっとこっちも探り入れてみるか)
「その・・・若くてカワイイなって」
「えっ!?」
少しびっくりしたように、そして徐々に恥ずかしがった感じになり、心なしか頬を赤らめたような気がした。
「からかわないでください」
やっぱり赤くなっていた。
(マジか・・・これが演技ならとんでもない悪女かもしれねーぞ)
心の中のパトランプが回りだすも、もしかしたら掘出物かもしれないという期待感もヒートアップしていった。