峰壁の彼方-1
高鳴る鼓動。
迷い。
悦び。
欺瞞。
始まり。
契りの夜。
星は瞬き煌めき、二人への祝宴を祝うかのように輝いていた。
悦びに満ちた両親は式場へと向かい、そこで祝宴が開かれた。
何もかも嬉しいこと、悦ばしいこと。
ところが、
突然騒がしい声がして
申姫の許婚であった豪連が、その新婦は自分の物だといって兵士を連れて押し寄せてきた。
新郎・陸皇は腰に下げていた大剣を構えて、未来の妻をかばおうと進み出た。
事情を説明すると、
豪連の許婚の申姫の精神に何ものかが侵入し、侵略し始めた。
豪連は霊媒師・祈祷師・医者など連れてきたが、治る兆しはなかった。
申姫の父である燕老は、
娘を救ったものに、財宝と秘剣、そして娘である申姫の夫になる権利を与えると言った。
豪連には為すすべなく、
申姫の命の燈も僅かとなった時、
陸皇と名乗る武人が現れた。
申姫に宿る同居人を追い払い、そして多大な富と申姫を手に入れたのだった。
くわしくはまた別の節で。
話を戻し、激怒した豪連とその一段に取り囲まれた式場では、陸皇が兵士を薙ぎ倒していた。
残り僅かの兵士と豪連。
その時、豪連の兵士の一人が呪術を唱えた。
反応したのは、申姫。
頭を抱えて地に倒れ落ちた。
痙攣が止まらず、陸皇が傍に駆け寄ると、申姫の右手の甲に十字の傷跡が浮かび上がった。
次第に痙攣は止まり、申姫は立ち上がった。
しかし、
様子が怪しい。
目付きも鋭く、低い声で
「我は、主に宿る傷神である。
この娘は我が宿主とさせてもらおう」
と言い残し、消えてしまった。
場に残された豪連は陸皇に向かって高笑いをし、消えていった。
「待て!」
疾風の如く走りだし、豪連の首筋にむかって太刀を下ろした。
血飛沫とともに首が転がし、返り血で紅く染まった陸皇は我に返ってその場になだれ落ちた。
奪い返す道を自ら失い、途方に暮れた陸皇に
式に参加していた名護がつぶやいた。
「預言者のもとに行くがよい。彼なら道を知るだろう。」
預言者の道標を求めて陸皇は歩きだした。
ガタンガタン
水車の廻る音と檜の香りに包まれた書物に囲まれた部屋で預言者・古針は書物に目を通していた。
「傷神が現れたか……」
古針はつぶやき瞳を閉じた。
これから始まる悲劇を知るかのように、深く息を吐いた。