海の香りに包まれて-1
「美紀先輩」
洋輔は恐縮したように部屋の隅で正座をして固まっていた。
「はい……」
美紀はベッドの端に腰掛けていた。
「な、なんか……た、他人行儀っすね」
「そ、そうだね。そんなとこいないでこっちにおいでよ」
「は、はい……」
洋輔はごそごそと床を這って美紀の前までやってきて、またかしこまって正座をした。
「お、俺で良かったんすか? 美紀先輩は」
「悔しいけど、貴男に初めて抱いてもらった時から、ここの火が消えない」
美紀は自分の胸を人差し指でつついた。
「ほんとにすんません、勢いであんなこと……。しかも俺、先輩が初めてだってこと、ケンジに教えてもらうまでずっと知らなかった」洋輔は顔を上げて美紀を見上げた。「なんで言ってくれなかったんすか?」
「だって、恥ずかしいでしょ、24にもなって男性経験がまだ一度もないなんて」
「大学にいる時、そんな関係になった男とかいなかったんすか?」
「どういうわけかね」
洋輔は恐る恐る美紀の足を撫でながら言った。
「美紀先輩、すんげーナイスバディだから、男がほっとかなかったんじゃないっすか?」
「あたし鈍いから、誘われてても気づかなかったのかもね」美紀はふふっと笑った。「でも、たぶんオンナとしての魅力はないんじゃないかな。ミカなんかと違って地味だし」
美紀は洋輔の手を取って立たせ、自分の横に座らせた。
「俺、実はずっと狙ってたんす」
「あたしを? ほんとに?」
洋輔はこくんと頷いた。
「でも、先輩だし、なんか近寄りがたい感じで……」
「そうなんだ……」
「だ、だから俺、卒業ん時の宴会で飲んで、気が大きくなっちまって、つい、美紀先輩を……ほんとにすんません」
「ずっと思ってたんだ、あたしとしたいって」
「そ、そういうことっすかね……」洋輔は赤くなって頭を掻いた。
「その時告白してくれれば良かったのに」
「と、とんでもない! 終わった後、めっちゃ『やっちまった』感に苛まれてたんすよ? 俺」
「そうなの? 酔ってても?」
「酔いはいっぺんに醒めちまった。なんてことしちまったんだ、って思いました」
「あの時はあたしもいっぱいいっぱいだったしねえ……」美紀は苦笑した。
「あの時と同じ匂いっすね、この部屋」
「『シースパイス』の香り、久宝君も好きなの?」
洋輔は目を閉じて、うっとりした表情で一度深呼吸をした。
「たぶん憧れの美紀先輩とここで繋がった幸福感を思い出すんだと思います」洋輔は瞼を開き美紀の手を取った。「俺、遊び人でいっぱい女の子を抱いたけど、美紀先輩とのあの夜が唯一満たされたエッチだったんす」
「ほんとに?」
「弾けた後の幸福感。後にも先にもあんなに気持ち良かったことはないな」
「そんなわけないでしょ。あたし大騒ぎしてたし、最後に抜けちゃったし……。久宝君一人でイっちゃってたじゃない」
「いえ、」洋輔は真剣な目で美紀を見つめた。「そういう気持ちよさじゃなくって、その後、先輩が下になった俺をぎゅって抱いてくれた時、すんげー幸せな気分だったんす」
美紀は切なげな目をして洋輔の身体に手を回した。
「あたしも、思い出したい。あの夜、貴男に抱かれた幸福感」
「美紀先輩……」