ライバル-1
結局、昨日は色々考えすぎて一睡もできなかった。
聡は否定していたけれど、絶対あの目は緒方さんに見惚れていた。
しかも、緒方さんにきちんと説明ができないまま別れてしまったから、もしかしたら誤解をされてしまっているかもしれない。今朝のおはようメールもいつも通り、彼らしい内容だったけれど……。
資料を手にエレベーターに乗る。
上のフロアに渡してきてと頼まれたものだった。『閉』のボタンを押そうとした瞬間、外側からエレベーターのドアを手でとめて入ってきたひとがいた。
「あっ……」
ドアが閉まる。
緒方さんがわたしを壁際に追い詰め、壁を背にしたわたしの脇に左手を突いた。
「昨日の男とはほんとうに何もないんだな?」
「えっ……」
「過去に付き合ったことも?」
「なっ、ないです。ほんとうにただの幼馴染です。弟みたいなものです」
吐息がかかるほどの距離。見つめられた瞳が揺れる。
心臓が爆発しそうなほどの勢いで高鳴った。こんなところで、こんなに接近してしまったら──。
「今晩、俺の家に来い。これで先に入って待っていて」
そう言って、緒方さんがわたしの手に冷たく光る鍵を握らせた。
合鍵だ──。
そう思った瞬間、嵐のように唇を奪われる。
全身から力が抜けてしまいそうだった。
エレベーターが着くと同時に彼が離れる。乱れた呼吸を整えるように息を深く吸い、彼に会釈をして鍵をポケットにしまいながらエレベーターを出た。
彼の言葉が耳に残った。
合鍵。
こころが弾むような響き。
ガチャリと鍵を開け、彼の自宅にそっと足を踏み入れる。
ほのかに紅茶のような香りがした。
ルームフレグランス、変えたのかな?
シンと静まり返った部屋。
パチリと電気をつけ、くるりと辺りを見まわす。先日来たときと変わらない。
エアコンをつけ、マフラーを取りコートを脱いでコートスタンドに掛けておく。
ソファにでも座って待っていようかと思ったところで、ドアがガチャリと開いた。
「あ、おかえりなさい。早かったんですね、わたしもさっき着いたところで──」
言い終わらないうちに、わたしは緒方さんの腕の中にいた。
「緒方さん……?」
彼は何も言わず離れると、コートとテーラードジャケットを脱いでコートスタンドに掛けた。
広い背中に思わず見惚れる。
「……ごめん。俺、こんなに妬いたことって今までになくて、イライラして真緒に八つ当たりしてしまった。ほんとうにごめん」
彼がわたしに背中を向けたまま言った。
八つ当たり?
全然、そんなふうには思わなかった。
それどころか、ヤキモチを妬いてくれたなんて──。
「嬉しい……です。わたし、自分がヤキモチを妬くことはあっても、妬いてもらうことなんて絶対ないと思っていたので……」
「何言ってんだよ。あんな──仲良さそうにしているところを見たら、妬くに決まってるだろ。俺とは正反対な雰囲気の男だったし、真緒はほんとうはあぁいう雰囲気の男が好きなんじゃないかとか……」
「わたし……、聡みたいな雰囲気の男の子はタイプじゃないです。緒方さんが好みのタイプです」
くすぐったいような気持ちになった。
まさか、緒方さんが聡を見てそんなふうに思うなんて。
彼がくるりとこちらを向くと、わたしを引き寄せるようにして抱きしめた。
すっぽりと腕の中に入り込む。彼の鼓動が聞こえた。
「昨日はイライラして眠れなかった。男とふたりで会って、何してたんだって電話しそうになった。幼馴染だって言っても、相手は男だろ?」
「ごめんなさい……。でも、ほんとうに聡とは愚痴を言い合ったり相談しあったり……女の子の友達と同じような付き合い方しかしていないんです。それに──」