社内恋愛-8
「それにしてもあんた、お菓子なんて作れるの?」
「あんまり……。だから、何回も練習しようと思って。リョーコさん、聡、試食頼むわよ!」
「真緒ちゃん手作りのお菓子……俺らのこと、殺さないでね?」
「馬鹿っ!」
「いやぁアタシまだ死にたくないわよぉ〜。これからイイ男と出会って幸せになるんだからっ」
「もうっ、リョーコさんまで! ひどい!」
わたし、そう言ってスコーピオンをくーっと飲み干す。
もうっ。ふたりとも、わたしのことを馬鹿にして〜!
悔しい。絶対おいしいお菓子を作ってやるんだから!
「リョーコさんっ、次ホワイト・レディを作って!」
「あら、珍しい。火がついたのかしら?」
「ホワイト・レディ。白い綺麗なカクテルだよね」
「うん。名前も素敵よね。ホワイト・レディが似合う女になりたいなぁ」
「今のあんたのノリじゃ無理じゃないの?」
「もうっ、リョーコさんってばさっきから超ひどい!」
リョーコさんが豪快に笑いながらシェイカーを振る。いい音。わたしはこの音が好きだ。
華奢なカクテルグラスにピュアホワイトのカクテルが注がれる。アルコール、甘み、酸味のバランスが絶妙のカクテル。
「はい、どうぞ」
「ありがとう。いただきます」
「ほんとうに綺麗な色をしてるね」
「うん。それに、バランスのとれたカクテルだなあって思う。あぁ〜おいしい」
リョーコさんがにっこりと微笑む。
ぽってりとした唇がセクシーだった。
三杯目、四杯目のカクテルをいただいてからリョーコさんのお店を後にした。今週末に緒方さんが我が家に挨拶に来るという話もして。
ほてった頬に風が心地よい。聡の家はわたしの家のすぐ近くにあるので、同じ電車に乗っていっしょに帰る。
この時間帯の電車には、アルコールのきついにおいがこもっていることが常だ。
みんなどこかで悩みをくちにしたり、疲れを癒したり愚痴をこぼしてから現実に帰る。
聡は、酔っ払って駅のホームに座り込んで眠ってしまっているひとにもとても優しい。
揺り起こして終電の時間を伝えたり、ミネラルウォーターを買って渡したりなんかもする。
いつだったか聡は、酷く酔っ払いたくなるような夜があることを自分も知っているからだって笑って言っていた。
電車に乗り込む。湿気とアルコールのにおいにまみれた箱の中、ふいに窓際に立っていた背の高い男性が振り返った。
「──あっ」
その男性は、仕事帰りの緒方さんだった。
驚いた顔をした彼は、すぐにわたしの隣にいる聡に目を向け、小さく首を斜めに傾けた。
「あっ、あの、お疲れ様ですっ。えっと……幼馴染です。聡、こちら緒方さん」
そう言って、聡を見ると──。
「聡?」
緒方さんを見上げる聡の目、完全に『恋する乙女の目』になってる!
えっ……、ちょ、ちょっと待ってよー!
「幼馴染?」
「あっ、はい。そうです。昔からの付き合いで……」
「そうなんだ。よく飲みに行く幼馴染って、男の子だったんだ」
「あっ、はい。あの……」
緒方さんの降りる駅に着く。
彼は、それじゃあまた明日と言って風のように去って行ってしまった。
残された聡とわたし、思わず顔を見合わせる。
「真緒ちゃんの彼氏……、ほんとうにほんとうに、すごく格好良いんだね」
「うん、……そうなんだけど、格好良いんだけど、その、あの」
「いや、ほんとうにびっくりした。芸能人だって言われても疑わないよ。首が長くて小顔で……、目鼻立ちがハッキリしていて、ほんとうに整った顔をしているなぁって思った。背も高くて姿勢が良くて……」
そう言って、聡、緒方さんが去っていった方向をじっと見つめてた。緒方さんかぁ……なんて呟きながら。
な、な……なんなのよ、この展開はーっ!