サプライズ-8
今まで気に留めたこともなかったが、もしもあの言葉がボールでなく、美奈のことを指して
いたのだとしたら――。
「……!」
背筋に、悪寒が走った。
(そういえば……)
康太の脳裏に、ロッカールームで着替えをする潤と、それを取り囲む連中の姿がまざまざと
蘇ってくる。
「おい、潤。お前、チ○ポでかすぎだろ」
「うおお、すっげー。でもそんなんじゃボール蹴る時、邪魔じゃね?」
「それ突っ込まれたらたいていの奴はひーひー言って喜ぶよな、きっと」
「よし、じゃあお前、一発ケツにぶちこまれてみろ」
「いやいやいやいや、何でそうなる」
康太は離れた位置から遠巻きにちらりと見ただけだが、それでも自分では到底かなわないと
すぐ白旗を上げたほど、潤の一物は強烈だった。
(あれ、なら……)
美奈を満足させることができない自分に代わり、潤が悦びを与える存在になったとしても、
何ら不思議はないような気がした。
「次は××坂、××坂。お降りの方は――」
無機質な案内が流れて電車が駅に到着すると、康太は吸い寄せられるようにドアへ向かい、
静かにホームへと降り立った。
美奈の住む街の、通い慣れた小さな駅。
ここで降りることに、もう意味はない。
頭の片隅にぼんやりとそんな自覚はあったが、それでも康太の足は勝手に動き、備えつけの
ベンチへと進む。
「どう、しよう……」
がっくり肩を落としながら固い椅子に座り込むと、康太は逡巡するようにそう呟いた。
さすがに、美奈の家まで行く気にはなれなかった。
改札を出て、駅前通りを抜け、脇道から緩やかな坂を登る。
その先に建つのは、決して大きくはないが、瀟洒で趣味のいい洋風の一戸建て。
そこで自分をかいがいしくもてなしてくれる美奈を見て、もし結婚したら将来きっとこんな
感じになるんだろうな、などと幸せな未来予想図を心の中に描く。
そんなごく当たり前だった日常は、もうどこを探しても見つけることができないのだ。