決意の夜-1
洋輔はその日の夕方、杏樹を誘った。
街の駅近くのそのホテルには、有名なステーキハウスが入っていた。彼はそこを杏樹のために予約していた。
「洋輔君、こんな高級なお店、予約してたの?」
杏樹はホテルのロビーのエレベーター前で言った。
「心配すんな。ここは俺が持つ」そう言って洋輔は杏樹の肩を抱いた。「帰るのは明日の朝でいいな?」
ホテル最上階の展望レストランフロアにはそのステーキハウスと和食処、中華料理の店が入っていた。
「杏樹、イタリアワインが好きだったな? シャンティの赤でいいか?」
「洋輔君……どうしたの? ほんとに。なんかいつもと違う感じ……」
洋輔は少しだけ寂しげな笑みを浮かべた。「おまえにはこれまで何もしてやれなかったしな……」
「そんなことないわ」杏樹はうつむいた。
「俺の好き勝手なトコばっか連れ回しちまって……」洋輔は頭を掻いた。「今夜はその……お詫びっていうか……」
杏樹はテーブルの向かいに座ったその男性に目を向けた。自分とのデートでは一度も着たことのないぱりっとアイロンの掛かった浅黄色のシャツに臙脂のネクタイ。そしてこれも杏樹が初めて目にする身を固くして唇を噛みしめた洋輔の姿……。
杏樹は努めて明るい声で言った。
「注文しましょう。私お腹空いちゃった」
洋輔は顔を上げて切なげな目をした。「そうだな……」
そして彼はカウンター近くに立っていたホールスタッフの女性に軽く手を上げて合図をした。
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