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煉獄のファルチェ
【ファンタジー 官能小説】

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広場にて-2


 広場は宿から一本道で、すぐにたどり着けた。
 悪魔であるファルチェは、どちらかといえば暗い方が好きだけれど、明るい陽射しの中だって別に平気だ。

 石畳の円形広場には、この街の住人だけでなく、旅人も多かった。
 流れの傭兵らしい男が、屋台で中古の剣を品定めしているし、魔法使い組合の首飾りをつけた旅装の一団は、長距離馬車と値引き交渉の真最中。
 
 いっぱいの人込みの中を、必死で探し回ったけれど、黒尽くめの魔法使いの姿はどこにも見えない。
 そのうちに、教会の鐘が大きな音を鳴り響かせ、ファルチェは耳をふさいで駆け回る。それでもやっぱり見つからない。

「……どこだよ」

 散々探し回った末、ついに膨れ上がった悪寒が我慢できなくなり、教会の一番隅っこにある石段へ、ぐったりと腰を落ろした。

(別に良いさ……リロイがいなくっても)

 膝を抱え、せわしなく行き来する人々を虚ろに眺めた。
 そうだ。
 リロイはファルチェを捨てた気でいるかもしれないけど、こっちこそアイツを捨ててやったんだ。

(だって、アイツが目的を果たすのに協力したわけだし……リロイがいなくなったって、困るわけじゃない)

 もう飢えは満たせなくなるけど、そもそもアイツと会う前に戻るだけだ。煩くからかわれたり、命令されたりしなくて良いし。
 これからは、どこだって好きなとこに……

「…………っ」

 いきなり、塩辛い味が口に広がってファルチェは驚いた。
 いつのまにか、両眼からボロボロと涙が溢れている。

「なん……だよ、これ……っ」

 どうしても止まらない涙を両手でぐちゃぐちゃに擦っていると、不意に傍らから、落ち着いた声がかけられた。

「お嬢さん、何かお困りですかな?」

 横を向くと、教会のローブを着た聖職者らしい白髪の老人が、皺だらけの顔に穏かな微笑をたたえながら、ハンカチを差し出している。

「え……」

 一瞬戸惑ったが、とりあえずファルチェはハンカチを受け取って、ゴシゴシと顔を擦った。

「ありがと。でも、別に困ってない」

 何か借りたり、やって貰ったりしたら、ちゃんと礼を言えとリロイに教え込まれていたから、ファルチェはハンカチを返しつつ小声で呟いた。

「いえいえ。歳を取ると、どうにもお節介になってしまう」

 老人はニコニコと頷きながら、教会の裏門を指した。

「わしはここの司祭でしてな。……といっても、行事はもう若いものに任せて、人様から悩み事の御相談を受けてるくらいですが。お嬢さんも、気が向いたらいらっしゃい」

 そう言うと、老司祭はよっこらせと腰を伸ばして立ち去ろうとした。

「――困っても悩んでもない……けど、知りたいことはある」

 気づけばファルチェは、その白いローブの端を掴んでいた。

「はて? わしに解ることでしたら、お教えしますがの」

 優しく尋ねる老司祭に、思い切って尋ねる。

「あのさ……煉獄って、なんだ?」

 この期に及んでも、リロイの言葉に執着するのは悔しかったけれど、聞かずにはいられなかった。
 老司祭は、少し意外そうな顔をしたが、真っ白いひげを撫でてからゆっくりと穏やかな声を紡ぎだす。

「煉獄とは、天国にも地獄にも行けない魂が、苦罰の炎に焼かれて罪を清める場所と言われておりますのう」

「………………そっか」

 老司祭の言葉を、心の中でしっかりと噛み締めてから、ファルチェが頷いた時だった。

「ファルチェ!!」

 聞きなれた憎らしい男の声に、ファルチェは弾かれたように顔をあげる。
 リロイが人波をかきわけながら、こっちへ一目散にかけて来る。

 仕事の最中じゃないから、覆面はしていなかったけれど、もう夏近いのに黒尽くめの衣服でマントまで着こんでいるその姿は一際目立った。
 駆けてきた勢いで、黒いフードが後ろにずれると、焦りきった表情が露になる。

「リロイ……」

 ファルチェの元まで着くと、途端にリロイは思い切り眉をしかめた。

「勝手に抜け出して、どこに行く気だったんだ!? 宿の主人から、いきなり荷物持って飛び出してったなんて聞いて、僕がどんなに心配して焦ったか……っ!!」

「え、え……?」

 一気にまくしたてるリロイを、呆気に取られたままファルチェは見あげた。

 ――コイツが心配した? それも、あたしがいなくいなったから……?

「そりゃ、何も言わないで出かけたのは悪かったけど、そういう時は、いつもすぐに帰るだろ!?」

 なおも説教を続けようとするリロイを、まぁまぁと老司祭がなだめた。

「お嬢さん。お連れさんと会えて良かったですな。それでは、私はこれで……」

「お世話になりました」

 立ち去る老司祭に、リロイが軽く頭を下げ、茫然としているファルチェの頭もグイと押す。
 そして、ファルチェの手を掴んで引っ張り、石段から立ち上がらせた。

「ほら、帰るよ。いきなり飛び出した理由は、宿でゆっくり聞かせてもらうから」


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