地下室にて-1
廊下の奥には、さらに階下へ続く階段があった。
リロイは青白い魔法の光で周囲を照らし、階段の途中にある鍵のかかった幾つかの扉は、宝石飾りのついた鍵束を取り出してなんなく開ける。
ちなみに、その豪華な鍵束の出所を『ちょっと借りた』とリロイは表現したものの、『持ち主をぶっ殺して獲った』という方が正確に違いない。
リロイは客を装ってオークション会場に入り、集まっていた関係者や顧客たちを全て始末してきたはずだし、その中にはここの主人である奴隷商人もいたはずだから。
リロイが言うには、この国では今の王が頑張って人身売買を廃止したものの、まだ密かに横行しているのだという。
裕福な奴隷商人達は、政府の高官に強いコネを持っているし、顧客も貴族や富豪ばかりとあって、警備隊は歯がゆい思いをしながらも立ち入り検査すら出来ない。
それで、警備のお偉いさんをやっているリロイの旧知が、組織の壊滅と売られた少女達の保護を頼んできたそうだ。
もちろんそのお偉いさんは、少女の全員無事を条件に、とびきり高い報酬を約束したし、リロイがこの奴隷商人の屋敷にある金庫を探りたがっていることも知っていた。
『利害の一致だよ。あっちは自分の手を汚さずに膿を絞りだせるし、僕は警備隊に追い回される心配をせず、のんびり目的の品を探せる』
――今朝、リロイは嬉しそうにそう言うと、ファルチェを売りものの少女たちに潜り込ませるべく、奴隷商人へ引き渡したのだ。
……これっぽっちも躊躇いなく。
(これくらい、いつものことだけどさ!)
鼻歌交じりで次の扉を開けているリロイの背を、ギリギリと睨みつける。
コイツに捕まってから、幾つかの街や村を渡り歩いたけれど、これほど頭に来る奴はどこにもいないだろう。
「……ん、開いたな」
ファルチェの気なんか知らず、リロイが呑気に嬉しそうな声をあげる。
階段の突き当たりにあった最後の扉は、鍵の他に暗号の魔法がかかっていたけれど、リロイにはすぐ解ける代物だったようだ。
金属製の分厚い扉が開くと、その向こうにはだだっ広い部屋になっていた。
リロイの目的は、この屋敷の最下層にある部屋で、大事にしまわれている金庫の中身らしい。
彼が世界中をフラフラ旅して歩き回っているのは、探しものをしているからだという。
それが何か、ファルチェには教えてくれないが、とにかく熱心に探している。
しかし、地下室の天井も壁も、ゴツゴツした岩を組み合わせた壁があるだけで、特に何も置かれていない。
「金庫どころか、何もないじゃん」
部屋を見渡しているリロイに、ファルチェは声をかける。
「……あー、まいったな」
壁を一通り調べたリロイが、ため息をついて頭をかくから、ますます嬉しくなってニヤニヤが止まらなくなった。
「ざまーみろ、騙された!」
浮かれて口笛を吹いた瞬間、周囲の壁から何かの気配がわき上がった。ファルチェの全身に、ゾワリと悪寒が走る。
「リロイ!?」
すぐさま両腕を鎌にして身構えたファルチェに、リロイが肩を竦めてみせた。
「なんか変だと思ったら、ここの地下室全体が、ゴーレムだった」
「ごーれむ?」
「魔術で作った泥人形だよ。さっきの入り口は、主人の指で押さなくちゃいけなかったらしくてね。やけにあっさり開いたと思ったら、不正侵入者を食い殺す罠だったらしい」
リロイはごつごつした壁を指し、ハハハッと笑った。
さっきまで単なる岩だった壁が、生き物のようにグニャグニャと蠢いている。
「うーん……でも、この部屋全体がゴーレムなら、すでに腹の中に入ってることになるのになぁ。胃袋の中で口が食い殺すってのも、変な話だよね」
リロイがしげしげと壁を眺めている間に、天井や床も、生き物のように蠢きはじめた。
盛り上がったり窪んだりし、次第に壁の一部へ、大雑把な目のようなものができる。
「口とか胃とか、どうでも良いよっ! 何にもないし、騙されたんだろ!? さっさと出るぞ!」