地下室にて-2
怒鳴りつつ、ファルチェは扉へ駆け寄ろうとした。
「っ!!」
突然、足元がパックリと深く裂けた。危うい所でファルチェは飛びのき、落下を防ぐ。裂け目には、岩で出来た鋭い歯がグルリと生え、中は真っ暗な穴だった。
バクンとゴーレムの口が閉じ、咀嚼するようにもぐもぐと動いたが、獲物を食いそこねたのに気づいたのだろうか。
すぐさま、今度はリロイの足元で大口が開く。
「これはまた、造るのに金かかっただろうなぁ」
まるで体重のないもののように、リロイはふわりと飛びのきつつ呟いた。青い瞳が、熱っぽい輝きを帯びている。
「つまり、ここに隠したのは、それだけ価値があるってこと……ファルチェ、おいで」
満面の笑みで手招きされ、リロイの意図に気づいたファルチェは、思い切り顔をしかめた。
「やだ」
また跳躍して足元の口をよけながら、断固として首を振る。
「ここを出れば良いだけじゃん!」
「まぁまぁ、ちょっとだけ。すぐ済むから」
「やだ! お前は良いかも知れないけど、あれやると凄く疲れるんだぞ! 今日はもういっぱい頑張ったんだから、言うこと聞かない!」
べーっと舌を突き出し、扉に向って駆け出そうとしたが――。
「ファルチェ」
少し低くなった男の声に、ビクンとファルチェの肩が震える。
振り返ると、酷く寒々しい色をした青い目が、ひたとこちらを見据えていた。
「僕は君を、無理やり従わせることも出来る。でも君が、自分の意思で力を貸してくれるから、僕も君に与えるんだ。それが約束だろう?」
「こ、の……っ」
ニコリと、残酷な魔法使いの目が緩やかに弧を描く。
「おいで、ファルチェ」
柔らかな声と共に差し出された手を、ファルチェは思い切り睨みつけた。
「……終ったら、いっぱい食べさせるって約束しろ」
舌打ちしてリロイの方へ駆け寄ると、憎らしい魔法使いは満足そうに頷いた。
「うん。良い子のファルチェには、いっぱい食べさせてあげるし、たくさん可愛がってあげるよ」
「可愛がるとかは、いらない!」
ファルチェは怒鳴りながら駆け、普通の手に戻した右手を伸ばす。
黒い手袋をはめたリロイの手に指先が触れた瞬間、ファルチェの全身へ無数の細い閃光が走った。
ファルチェに絡みつく金色の稲妻が、彼女の身体を変化させていく。
ぴんと伸ばした手の指先から脚の先まで、稲妻で魔法文字がビッシリと刻まれ、その身体が棒状に細く硬くなる。
長い白銀の髪も稲妻に包まれ、緩やかな弧を描く鋭い刃と化す。
数秒も経たずに閃光は消え、一本の巨大な大鎌となったファルチェを、リロイが両腕で握っていた。
「さて、ゴーレム君。ちょっとだけお腹をかっさばいて、中身を見せて貰うよ」
黒覆面の魔法使いは、おどけた口調で言うと、蠢く床を蹴って跳躍する。
一瞬遅れて、そこの床でゴーレムの口が開いたが、何度も獲物を食い損なっている口は、今度はすぐに閉じなかった。
グパリと開いたままの暗い穴奥から、土色の長い舌が伸びて、宙空でリロイの足首へ巻きつく。
「へぇ、学習能力もあるのか、君の造り主は優秀なんだね」
一気に口の中へ引き込まれながら、リロイが感心したように言う。そして、ニコリと目を細めた。
「少し惜しいけど、今日までお勤めご苦労様」
リロイの細腕が、信じられないほどの素早さで大鎌を振るう。
白銀の閃光が走り、部屋全体を揺るがす轟音と共に、巨大なゴーレムの口が分断された……。