奴隷商人の館にて-2
(大事に可愛がる、ねぇ……)
棘いっぱいなカーラの言葉に、内心で口を尖らせる。
ファルチェの主人を自称するリロイときたら、それはもう憎らしくて嫌な奴だ。
奴はことあるごとに、ファルチェを『可愛がる』と言うけれど、弱みを握っているのを良いことに、凄くこき使ってくる。
今日だって、こうしてためらいなく人買いに売り飛ばしたのだ。
ファルチェが人間をよく理解できないからって、すぐに小バカにするし、やたらとからかうし……あれで大事にされてるなんて、納得できない。絶対に!
リロイのニヤケ面を思い出したら、ついまた怒りがこみあげてきてギリギリと歯軋りしそうになったが、それよりも飢えの辛さが先立った。
「……あー、早く喰いたい」
思わず呟いたら、カーラが噴出した。
「いくら綺麗な顔でも、お腹は減るもんね。それにあんた、態度も口も悪すぎるんじゃない? それじゃ、いくらなんでも……」
と、カーラがせせら笑った瞬間、彼女のお腹も小さな音で空腹を訴えた。
真っ赤になってお腹を押さえたカーラの肩を、すっかりまとめ役となったベルタが優しく抱く。
「ケンカはやめましょうよ。それに、お腹いっぱい食べられるんなら、私たちは売られたりしなかったわ」
「う、うん……あのお金で、お母さんたちはしばらくご飯が食べられるんだから……仕方なかったんだよね……」
もう誰になんて言われても無視しよう思っていたのに、すすり泣くカーラの言葉に、ファルチェは思わず尋ねてしまった。
「なぁ、何で泣くんだ? もういらないって売られたのを『仕方ない』で、諦めつけたんだろ?」
一瞬、水を打ったように、室内が静まり返った。
「ちょっ……! 何、この子!」
「最低! 酷すぎる!」
「謝りなさいよ!」
少女達がいっせいに非難の眼をファルチェに向け、口々に罵り始めた。
「はぁ?」
起き上がって胡坐をかいたファルチェは首を傾げた。
本当に理解できなかったから聞いただけだし、それが酷いと言うなら、売られたのを納得するような事、言わなきゃ良いじゃないか。
とは思うものの、自分の発言が少女達全員を怒らせたというくらいは解った。泣きじゃくるカーラを抱きしめるベルタも、形の良い眉を潜めて厳しくこっちを睨んでいる。
リロイがこれを見たらニヤニヤ笑って『全く、ファルチェはお馬鹿さんだねぇ』と言うだろう。ありありと想像が出来て、げんなりした。
離れていたって、奴の存在はいつもファルチェの傍に沸いて出るのだ。
「そ、それなら、あんただって……」
カーラが泣きじゃくりながら、ブルブルと唇を震わせる。
「あんただって、いらないから捨てられて、ここに売られたくせに!!」
「……あたしが捨てられた?」
飛び掛らんばかりの形相で睨みつけているカーラを、ファルチェは睨み返した。
今のはなぜか、めちゃくちゃ腹が立った。
捨てられただって? 冗談じゃない!
「違う。あたしは……」
「てめぇら! 何を騒いでやがる!」
ファルチェの声は、扉を叩く音と野太い男の怒鳴り声に中断された。
瞬時に少女たちは口を閉じ、顔を引きつらせて部屋の隅へ後ずさる。
ファルチェも立ち上がり、その場で手足を軽く回してほぐす。
鍵を開ける音が聞こえ、すぐに分厚い扉が開くと、黒い上着を着た中年男が姿を現した。
上等な革靴や衣服といい、どこかのお屋敷で執事でもしていそうな服装だが、人相も悪く全身からカタギではない雰囲気が滲んでいる。
「騒ぐなと言っただろうが。会場で今みたいに騒いだりしたら許さねぇぞ」
手にした乗馬鞭を脅すように振って見せ、黒服男はジロリと室内を見渡した。その後には筋骨隆々の大男が二人、鎖付きの首輪を幾つも持ってつき従っている。
ベルタを中心に身を寄せ合っている少女たちが、蒼白になってコクコクと頷くのを見ると、黒服は満足そうに口元を歪めた。
「そうそう。良い子にするんだ。俺だって、根っからの悪魔じゃねぇ。親のために身を売ったお前らには同情だってするさ。でもな、こっちも商売だ。仕方ねぇんだよ」
ファルチェは思わず浮んだ薄笑いを見られないよう、急いで俯いた。
腹の底からこみ上げる嘲笑を抑えるのに一苦労だ。
――『仕方ないんだ』
やっぱり理解できないよ。
こいつらも、ずっと昔から聞き続けた、この魔法の言葉も。