黄土色の海-2
そうは言ったものの、この黄土色の海が陶器の縁を乗り越え、床のタイルにドロドロと広がっていくことを想像すると寒気がした。
弘美も同じ想像をした。
「ごめんなさい。わたし、千帆さんにどこまで迷惑かけるのかしら…」
弘美の顔が曇った。
排便して便秘の危機を乗り越えたはずだったが、この忌々しい便は身体の外に出てからまでしつこく弘美を悩ませているのだ。
「やっぱり、千帆さんにこれ以上は迷惑かけられない。わたし、寮の管理人さんにお話ししてみる」
そんなことをすれば、どういうことになるか千帆は知っていた。
「だめ。大変なことになるわよ。管理人から設備に連絡がいくのだろうけど、朝早くから寮に業者が入ったら騒動よ。それに、こういうのは後で自治会に全部報告されるの。今の自治会長って、もの凄くおしゃべりなの。あっという間に広がるわよ」
今年の春に東京から来た清楚なお嬢様が、顔に似合わず便秘の硬便で寮のトイレを詰まらせ、設備業者を呼んだ…。
意地の悪い人には格好のネタになるかもしれない。
そうなれば、寮の新入りである弘美にとって今後の生活は厳しいものになるだろう。
弘美は、それを先に教えてくれた千帆に感謝した。
「ちょっと試してみる」
そう言うと、千帆は水洗のレバーを持った。
“小”の方向に向け、慎重に水を少し流してみる。
水洗タンクがうなり、水洗の水が便器内に流れた。
ドボ、ジョボジョボ〜
清い真水が黄土色の海に刺さり透明な水流を描く。
重い便の面が重々しく持ち上がり、陶器の縁に近づいた。
千帆はそれを見てレバーを元に戻した。