投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

海の香りとボタンダウンのシャツ
【OL/お姉さん 官能小説】

海の香りとボタンダウンのシャツの最初へ 海の香りとボタンダウンのシャツ 10 海の香りとボタンダウンのシャツ 12 海の香りとボタンダウンのシャツの最後へ

ヒロユキ-1

 『ヒロユキ』は頭髪がロマンスグレーの紳士的な男性だった。濃いグレーのスーツにモスグリーンの細身のネクタイを締めていた。少し街から離れた喫茶店で待ち合わせをした。初対面で彼は美紀の目を見て微笑みながら右手を躊躇いがちに差し出した。美紀はその手を握りかえした。その手のひらは少し汗ばんでいた。
 『ヒロユキ』はあっさり本名を明かした。桂木 浩幸。43歳。農林水産庁の出先機関に勤めている公務員であることを、彼が渡してくれた名刺で知ることができた。

 テーブルに向かい合って座った桂木は、太い黒縁の眼鏡の位置を直しながら言った。
「お会いできて嬉しいです」そして笑った。
「あの、」美紀は渡された名刺から目を上げて、申し訳なさそうに言った。「こんな個人的なこと、あたしに教えてもいいんですか?」
 桂木はあはは、と笑った。
「私の個人情報を悪用するような女性ではないでしょう? 貴女は」
「信用して下さってるんですね」美紀は恐縮して、少し身を硬くした。

 この歳でまだ独身だなんて恥ずかしいですよね、と桂木が言うと、美紀も自分の独り身のことを打ち明け、なかなか恋人もできない奥手でいやになる、といったことまで話した。
 そしてしばらくとりとめもないことを話した後、目の前のコーヒーを飲み干して桂木は言った。
「この後、どうします?」
「え?」
「私たちの相性を……その、確かめませんか?」

 美紀は桂木がそわそわし始めたことに気づいた。その男性は大人びた風貌に不釣り合いなほど、落ち着かないように目線が揺れ動き、時折ネクタイの結び目に手をやって位置を整えた。

 緊張したような表情で黙り込んだ美紀の顔を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ桂木は小さな声で言った。
「いや、あの、貴女がもう帰られるというのであれば、引き留めません。もちろん」
 美紀はこの男性のその緊張した顔を見て、ふふっと微笑んだ。彼女の胸の中心が少し熱くなってきた。
「わかりました。貴男にお任せします」
「ほ、ほんとですか?!」桂木は腰を浮かせて大声を出した。「あ、ありがとう」
 美紀はその時、いつか誰かから聞いた言葉を思い出していた。

 ――女って、身体を許した相手にいきなり恋することがあるんだ。それで結婚を決意する人も少なくないって言うよ。

 大学の時の友達だったと思うが、その後、その彼女は妙に自信ありげに続けた。

 ――それまでその人を別に何とも思ってなくても、抱かれたってだけで気持ちまで持って行かれることだってあるんだから。


 美紀を後部座席に乗せた桂木のシルバーメタリックの車は、町はずれにある一軒のホテルの暗い地下駐車場の一角に納まった。桂木は焦ったようにナンバープレートの前に目隠し用の小さな看板を立てた。
 まだ明るい時間だったこともあり、空き部屋は多かった。桂木は迷うことなく一つの部屋を選んで点灯しているボタンを押した。その部屋の写真のバックライトが点滅を始めるのを見た時、美紀は今までに経験したことのない、速い鼓動を感じ始めた。


海の香りとボタンダウンのシャツの最初へ 海の香りとボタンダウンのシャツ 10 海の香りとボタンダウンのシャツ 12 海の香りとボタンダウンのシャツの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前