ヒロユキ-2
その部屋は淡いピンク色の壁だった。二人がけの小さめのソファ、大型液晶テレビ、マッサージチェアが置かれていた。部屋の真ん中にあるベッドには白い無味乾燥なカバーが掛けられ、ピロケースは不釣り合いな南国系の花柄だった。
「シャワー、先にどうぞ」上着を脱いだ桂木が、ネクタイを焦って緩めながら言った。
美紀は素直に従った。
彼女がバスルームから出て、パイル地の短いローブを羽織って部屋に戻った時、桂木はすでに下着姿になっていた。地味なねずみ色の少しだぶついた、ウェストゴムがへそ辺りまであるブリーフだった。
ベッドの真ん中に下着姿で横たわり、ケットを首まで掛けていた美紀を見るなり、桂木は焦ったように唯一身につけていた下着を脱ぎ始めた。左脚にそれが引っかかり、彼はよろめいてベッドに両手をついた。
全裸になった桂木はケットを乱暴にめくり、いきなり彼女の身体に覆い被さってきた。そして鼻息を荒くしながら背中に手を回した。指をせっかちに動かしながらブラのベルトを外そうとするが、なかなかホックを外せないでいた。美紀が自分の手を背中に回し掛けた時、桂木はちっという舌打ちをして、同時にようやくホックが外れた。
それから彼は美紀のレースの着いた薄いピンク色のショーツに手を掛け、一気に引き下ろした。
美紀はそんな桂木の焦りきった行為に少しずつ拒絶感を感じ始めていた。
「桂木さん」美紀は小さく言った。「そんなに焦らなくても……」
桂木は美紀のその言葉を聞くや、動きを止め、彼女の目を睨み付けるようにして、固く結んでいた口を出し抜けに美紀の唇に押しつけてきた。
それから桂木はねばねばした舌をべろべろと出して、美紀の唇や口の中、口の周りを舐め始めた。
苦いタバコの匂いがした。
桂木は枕元にティッシュと一緒に置いてあったプラスチックの包みを手に取り、乱暴に袋を破り捨てて中のゴムを取り出した。美紀の両脚を広げさせたまま、彼は彼女の足下で膝立ちをしてそのゴムを自分のものに被せ始めた。
ずいぶん手間取っているようだった。美紀は薄目を開けてその様子を見ていた。すでに身体中にたくさん汗をかいている。ごわごわした胸毛が露に濡れた苔のようにべっとりと生えていた。
長い時間を掛けてゴムを着け終わった桂木は、美紀の右手を取り、自分のペニスを握らせた。そして小さく、しごいてくれ、と言った。それが彼がベッドに来てから初めて口にした言葉だった。
手に握らされたそれは、柔らかくてふわふわしている、と思った。しかしひどく熱を持っていた。美紀は昔飼っていたハムスターを手に乗せた時の感触に似ている、と思ったりした。
なるほど、この男性は緊張しているんだ。あたしに硬くしてもらいたいんだ、と美紀は納得して、言われたとおりにそれを前後にしごいた。たるんだコンドームが外れないように気を遣いながら美紀はその作業を続けた。
少しばかりそれが大きくなって、硬くなりかけたか、と美紀が思った時、桂木は彼女の手を振りほどき、両脚を大きく抱え上げて身体を傾けた。
しかしそれはなかなか美紀の中に入っていかなかった。
桂木はぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら何度も挿入を試みた。彼の顔面も首筋も汗が流れ落ちるほどになっていた。
彼は何度も自分の手でペニスを握って、時々しごいたりしながら美紀の秘部へ侵入しようと必死になっていた。
結局桂木の武器は、美紀の中に入ることなく、十分に硬くなることもなく、彼はううっ、という呻き声と共にその薄いゴムの中に少しばかりの白い液を放出して果てた。
美紀が脱いだ服を身につけるより早く、桂木は元のスーツ姿に戻っていた。彼女は洗面所で顔を洗った。特に念入りに口元を洗い、何度もうがいをした。
メインルームに戻り、美紀は言った。
「コーヒーでも飲みますか?」
「そうだね。いただこうか」
桂木はさっきのベッド上での様子とは人が違ったように落ち着き払い、口元に笑みさえ浮かべてソファに腰を下ろした。
ブラウスのボタンを留め終わって、美紀は液晶テレビの横に置いてあったコーヒーメーカーから一つのカップにその粉っぽい香りのするコーヒーを注ぐと、桂木の前に置いた。
「君は?」桂木は顔を上げた。
「あたし、コーヒーは苦手なんです」
「そう」
桂木は一口それをすすると、口を離して横に座った美紀に身体を向けた。
「次は絶対大丈夫だから」
桂木は満面の笑みでそう言って美紀の手を握った。
美紀はもうこの男性と会うつもりはなかった。
「タバコ、お吸いになるの?」
美紀が訊いた。
「え? 吸わないよ。プロフィールに書いてただろ?」
美紀はそれを問いつめるのも無意味な気がして、そう、とだけ言って立ち上がった。
桂木は不服そうに美紀を見上げた。
「もうちょっとゆっくりしていかない?」
「ごめんなさい。もう帰らないと」
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