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シネコンの映画館入り口脇にあるコーヒーショップ『マリーズ・コーヒー』の店内でレジを打っていた美紀は、フードコート内のタピオカドリンクの店のカウンター席に肩を並べて座っているカップルに思わず目をやった。
「久宝君?」
レジを済ませた客をドアまで見送った彼女は、もう一度、その二人をよく観察した。
「彼女、なんだ……。前の子と違うよね」
美紀と洋輔は同じ『尚健体育大学』水泳部の先輩、後輩の関係。美紀の方が二学年上で、学生の頃は親友の兵藤ミカや、今はそのミカと結婚している洋輔の同級生海棠ケンジらと共に、洋輔の店『居酒屋久宝』によく飲みに行ったものだ。
美紀は大学を卒業した後、地元の九州に帰りもせずこの街で一人暮らしをしていた。元々一人でいることが苦にならない性格でもあり、何より誰からも束縛されない気楽さが好きだった。
「稲垣さん」
不意に背後から声がした。同僚のホールスタッフ、山下だった。美紀より2歳年下の小柄な女性だ。
「何?」美紀は振り向いた。
「またうちの店長やらかしたんですよ」
カフェオレ色のエプロンで手を拭きながら、困った顔でその同僚は言った。
「やらかした?」
山下はこくんと頷いた。「安藤君の電話番号、勝手にお客さんに教えちゃったんです」
「ええ?」美紀は険しい顔をした。「またそんなことしたの? 店長」
「私がテーブルの食器片付けてる時に、勝手にレジに立って、二人連れの女の人に」
「気づかなかったな、あたし……」
「いえ、」山下は顔の前で小さくひらひらと手を振った。「稲垣さんが豆業者さんと奥でやりとりしてる時でしたから」
「でもどうしてまた……知り合いだったのかな、その女の人たち」
山下は首を振った。「彼目当てでよくこの店に来るお客さんらしいです。安藤君がバイト始めた半月前からすでに常連だったとか」
「そう……」
「安藤君と親しくなりたいんじゃないですか?」山下は肩をすくめた。
「確かに彼はイケメンだけどね」
「今日は彼、休みでしょ? いきなり知らない女の人から電話が掛かってきたらびっくりしますよね、きっと」
美紀も困った顔をした。「そうだね。個人情報なんだから、店長ももうちょっと考えてくれないとね」
「でも、」山下は美紀の耳に口を寄せ、声を潜めた。「男の人なら知らない女の人からいきなりでも好意的な電話をもらったりしたら、嬉しいんじゃないですか?」
美紀も小声で返した。「安藤君はどうなのかな……。そんな子?」
「彼女がいるって話は聞いたことないですけど、モテるとは思いますよ。結構親切だし」
「確かにね」美紀は笑った。
「そろそろマフィン焼く時間じゃない? 山下さん」
「あ、そうでした」山下はぺろりと舌を出して、そそくさと店内に戻っていった。